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zoom RSS 東京初空襲 戦意の昂揚に利用された少年の死

<<   作成日時 : 2007/08/01 22:26   >>

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昭和17年4月18日(土)
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葛飾区水元国民学校の子どもたちは、西洋風のこの建物で授業を受けていた。また、高等科の1年生は農業実習を終えて、農具を片づけていた。まさに、そのときだった。

前年の12月8日、日本は真珠湾を攻撃し
世界を相手に戦争の火ぶたを切っていた。
大本営発表では、日本は連戦連勝を続けていた。
まさにその4ヶ月後の4月18日のことである。

12時30分頃、ノースアメリカンB25の編隊が
突然、東京の空に現れ、水元国民学校が襲われた。


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B25は低空飛行し、至近距離から爆撃した。
下校途中の子どもたちは茂みに隠れたりした。
その後、玄関から昇降口へ駆け込んだところを、
戻ってきたB25の機銃掃射に再び襲われた。
そして、石出巳之助君が腰を打ち抜かれ倒れた。
廊下には、写真のような弾痕が15箇所残された。
2発は校舎東側の道路。
これは明らかに、校舎が狙われたのだ。
なぜ?

当時の水元は田んぼと畑ばかりで農家が点在。その中に2階建ての白い小学校がコの字形になっていた。また学校は警防団の本部でもあり、2階の上にやぐらがあった。そこが警防団の監視台で、何十人もの警防団員が国民服に巻脚半(ゲートル)で詰めていた。

B25は「軍事目標を爆撃する」よう指示を受けていたはずだ。
もし...学校が警備団の本部でなかったならば...

校葬で級友は

[石出くんよ、ぼくらをはじめ全国の小国民が皆大きくなったら、少年飛行兵に、少年戦車兵に、あるいは特別攻撃隊のような忠勇義烈な帝国軍人となって、このうらみをはらしてやる...]と述べた。

戦況が不利になると、石出君の死はポスターにも利用された。
[はっきりと憶えているだろう!日本空襲を企てたアメリカ機が国民学校を狙って、諸君の友達を射殺したことを]




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御真影(昭和天皇の写真)が奉られていた国民学校は、すでに軍隊学校ということになるのだろうか。今は、教育資料館になっている、水元国民学校の白い建物を見ながら思った


参考文献:青木更吉「石出巳之助君が銃撃された日」

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「東京初空襲 打ち落とされたB29のアメリカ兵の遺骨は...
「東京初空襲 戦意の昂揚に利用された少年の死」について 昨日は、この石出巳之助君のお墓参りの他、葛飾区の白鳥に昭和18年に作られた高射砲陣地跡を見てきました。予定地になったお宅では奥さんが産後すぐというのに、お国のためと女の子を背負って引っ越しをされたとか。また予定地の農地は没収され、陸軍大将から感謝状が贈られたとか。陣地の周りは高い塀で囲まれ物々しかったようですが、中では新兵がたくさんいて殴られるなどしていたようです。実は高射と言いながら1万メートルしか届かず、B29はそれより高かったの... ...続きを見る
静音の小径
2007/08/03 00:53
 3 天皇  (2)
         ブログ小説            夕陽・少年隊         ...続きを見る
ブログ人
2009/08/29 03:23

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
2年前に他界した父は、この爆撃機の編隊を見ていました。丁度昼休みだったので、海岸の岸壁に寝転がって空を見ていたのだそうです(職場が芝浦の埠頭の側だったので)。突然編隊が超低空飛行で現われて臨海工業地帯の真上を通りぬけて内陸に旋回していった。迎え撃つ戦闘機もなかった。この時、戦争に負けることを確信した(始まる前から負けるとは思っていたが)。父の自伝にはたった1行「昭和17年4月の米空軍の初空襲の際、超低空で臨海地帯の上を飛んでいった敵機を見たこと」としかありませんが、以前テレビでこの空襲を目撃した人の話が放映されたときに、俺も見たよと少し詳しく聞きました。首都はまったく無防備だったのです。父が召集されたのはこの年の9月。そして戦争はこのあと3年も続きました。父が戦地から無事に帰ったのは、終戦の翌年。昭和21年5月22日だそうです。昭和17年4月には父は24歳だから戦争の意味は充分分かっていたのですが、この空襲で死んだ少年は幾つだったのでしょうか? ほとんど教えられたこと以上には分かっていなかったでしょうね。平和な日常生活に突然飛びこんできた戦争。残酷なものですね。
コアラ
2007/08/01 23:05
東京の空襲が、こんなに早くからあったのですね。
日本の戦争について興味があり、その史実をおぼろげながら知っている私でさえ、日本は勝った勝ったという軍部の当初の情報に操られていますね(大笑い)。
そうですか・・・私が生まれた時には既に、米軍の空襲にあっていたのですか。
Tatehiko
2007/08/02 15:54
コアラさんのお父様は芝浦の埠頭からこれをご覧になっていたのですね。本土がこのような形で爆撃されるなど、当時は想定していなかったようですね。この年に招集されたのですか。お父様もずいぶんご苦労されたのですね。この石出君は13歳に満たなかったようです。ご家族の方々は、子どもの死を戦争への鼓舞に利用されたことが悔しかったようです。多くの遺族の方にはそういう方が多いと思います。これが戦争を風化させることにもなります。今、生きていらっしゃる方は貴重な生き証人ですから、ぜひ知っていることを一つでも語っていただきたいと思います。なぜ、高等小学校の子どもがこんな形で戦争に巻き込まれ、利用されるのか。許し難いです!うらみははらしてはいけません。なぜこんな哀しいことになったのか、冷静な目で事実を見つめること。こんな世の中を作り出している者の仕組みを暴くこと。今、浦沢直樹の「20世紀少年」を読んでいますが、彼の訴えたいことが少しわかってきました。なにが正義でなにが悪なのか。なにが真実でなにが間違っているのか。私たちは時の政府のやること言うことをじっとみつめなければなりません。
ののはな
2007/08/02 23:55
Tatehikoさんもなんと時代の証言者になれるのですね。わたしは母の繰り言が耳に染みついておりますが、きっとTatehikoさんには幼児体験が何らかの形で残されているはずです。胸を張って戦中派の生き証人として語っていかれますように、お願いいたします。うちの息子は今回初めて選挙に行きました。「戦争には行きたくないから」と。表向きはわかりやすいので、年金選挙だったのでしょうが、若者の本音はここにあったと思います。
 与党の中には今の政府のやり方に批判的な方もたくさんいると思います。はっきり言って、戦争をまた、したくてたまらない老人たちに後押しされている一部の「ともだち」人事で大臣が占められているのですからね。農民の為の政治など行われようはずがないのに、農家の人たちが与党を推す意味がはっきり言ってわかりませんね。軍人恩給をもらっている人たちも自民党でないと、もらえなくなるからと言って、与党を推すものわかりませんが。
ののはな
2007/08/03 00:06
今回の参院選ではその農家の与党に対する支持が崩壊し、急激に民主党に振れました。理由はこれまで農家の生活を支えていた補助金を大幅に削減し大規模農地化しないと農業をやっていけない仕組みに変えたから。日本農業を犠牲にして安い外国農産品を輸入することでアメリカの自由貿易化圧力をかわし、かわりに日本の多国籍企業を優遇する政策に、地方が「否」をつきつけたのです。遺族会や旧軍人が自民党を推すのはこの党なら大東亜戦争を「聖戦」として戦死を称揚してくれるから。大東亜戦争を非難するだけの野党に、この層の支持が向かわないのはこういうわけ。肯定・否定を超えたレベルで戦争を捉え返し、日本人にとって世界にとってのあの戦争の意味を問い直す作業がいま必要とされているのです。この作業と憲法の捉え返しは一体ですが、今回の選挙ではこの問題は直接的課題としては棚上げされましたが、日本の未来像を描くには必須の課題です。
コアラ
2007/08/03 10:59
コアラさん、たしかに今回ははっきり言って、大企業を優遇する政策が国民にはっきりしましたものね。(大企業では自民党に入れろと公言したところもあるとか、時代錯誤にびっくり)。
 自国が民の口に入るものを作っていないって不安ですね。今度は民主党が問われる番ですね。民主党のなかにも憲法改悪賛成派がいますからね。
ののはな
2007/08/05 00:56
大企業が自民党を支持するのは時代錯誤ではありません。今の自民党主流派(右派ですが)はグローバリゼーションに対抗できる強い国際企業を育てる環境に日本の政治経済社会を変えようとしています。これが小泉・阿倍政権が推進してきたもので、中小企業・零細農家は切り捨て、労働者の権利はすべて剥奪して使い捨てにし、手厚い福祉制度は解体。このため憲法から権利の条項を削除して義務を入れ、国際企業の海外での利権を守るために自衛隊を海外派兵できるよう憲法9条も変える。そして弱肉強食の社会になるわけだから日本が分裂しないよう愛国心・道徳教育を強化する。これが今の自民党主流の路線。だから財界主流と自民党主流には「つくる会」教科書支持者が多いわけ。別に戦前の日本に戻すと言う事ではない。民主党右派も同じ政治路線ですから、民主党による阿倍追い詰め作戦は一直線には行きませんね。すでにテロ対策特別措置法延長で対立が見えている。政界再編は必至です。しっかり見極める事が大事ですね。日本が2度と戦争をしない国で有り続けるためにも。
コアラ
2007/08/05 10:55
コアラさん!
こんばんは〜、大企業に有利になるように政策が決められているのですから、支持することは当然ですが、それを社員の強制するっていうのは今の時代ちょっと破廉恥かなってわたしは思います。たしかに労働者がこんなにひどい目に遭っている時代ってないのではないかと思います。でも表向きは規制緩和、自由化と大変誤解を生む言葉を使っておりますね。言葉って怖いですね。みんなが自分の理解の中で理解をして納得している。でもそんなものではなく使用されている。「合理化」って言葉もそうでしたね。合理化して物事を考えるって良いことですよね。でも会社で合理化って言われたときなにが起こったでしょうか。ほんとうに、今こそしっかり見定めないといけませんね。
ののはな
2007/08/06 22:25
日本の自治は伝統的に血縁的・地縁的共同体を単位として行われてきました。共同体の基本は家族です。そして企業も(労働組合も学校もそうですが)家族に喩えられますので、企業一家が特定の政党を支持しそれを構成員に強制することはあたりまえと考えているのでしょう。労働組合も政治活動費を支持政党に上納し、組合員に政治活動費を払うことを強制します。組合や会社が特定の政党を支持することは間違いではないですが、政治活動費をカンパしたり投票したりするのは個人の権利であって強制はできないという民主主義の原則がまだ一般化していないのですね、日本では。僕の住んでいる地域では土地の人の家族は最近まで「家長」が支持する政党に投票するのが当然だったそうです。最近ようやく一人一人がそれぞれの考えで投票すると数年前に聞いたことがあります。労働組合の支持政党制は壊れつつありますが、企業の政党支持も今後壊れていくとは思います。終身雇用制度が特定政党支持の基盤だったのですから。
コアラ
2007/08/06 22:40
コアラさん、そうですね。日本にはまだまだ個が確立された社会はないのかもしれませんね。そういう意味では阿部謹也先生が書いておられましたが、日本人は未だ世間でしか生きていないのでしょうね。残念なことですが。わたしは家族にはどこに投票するかは言っていませんでした。野党に入れなきゃ今回の選挙の意味がないわよ!とだけ。で、おかしなことにわたしは民主党の圧勝がわかっていたから他党に入れた。帰ってきてからみんなでお互いに発表しあったら、わたしだけ違っていて大笑い。多数派と異なるとなにかと生きにくい世間ですが、うちは大丈夫でした。淡々とこんな集団が増えることを願いたいですね。
ののはな
2007/08/14 00:31
そう。日本人はまだ「世間」と呼ばれる擬似共同体の中に生きている。でもかなり壊れてきていますね。何しろ「世間」では一人一人の暮らしを保障してくれないのだから。今回の選挙は「世間」に頼っていては生活保障すらないことに気がついた人達の怒りが噴出したものでしょう。我が家でもみんなバラバラ。僕は九条ネットと共産党。妹は共産党。母は新党日本でした。こういう家は確実に増えていますよ。
コアラ
2007/08/14 16:19

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