静音の小径

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help リーダーに追加 RSS 創作・・白い記憶

<<   作成日時 : 2008/06/29 23:16   >>

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白い記憶
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プロローグ

白一色に塗り込められた雪国に、天が宝石箱をひっくり返したようにまばゆく太陽の照る朝、松木の父の葬儀が行われた。
 「酒と汗にまみれた父にとって、生涯で唯一の贅沢だ」と、松木は思った。踏みしだいた雪の上に汗を落として、松木は黙々と棺を担いで、丘の上の焼き場に向かった。その後を、数人の男女がつづいた。その中に孝子もいた。
 都会育ちの孝子には戸惑いを隠すことができない葬儀だった。しかし、あまりにも素朴なこの葬儀は、松木親子にふさわしく清らかなものに思われた。
 五日前、工事現場で父が倒れたという知らせを受けた時、松木は父の死を予感した。松木の脳裏には、幼い日の記憶がよみがえった。白装束の人々の長い列。遠くには天に向かう煙突と森。あれは、祖母の葬儀。あの時は、隣には母がいた。幼い松木の手をしっかりと握った母がいた。 松木は、自らの手で父の亡骸を入れた棺を担ぎ、自らの手で父の亡骸に火をつけたいと考えた。今の自分にできること、もうそれしかないと。


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1. 
 孝子が地図を頼りにたどり着いた学校は、住宅と町工場が込み合った町外れにあった。孝子が、新任教師として赴任したこの学校を、同僚は「あり地獄」と言った。一度落ちると、二度と這い上がれない、ひどい学校という意味だ。なるほど、ここには出世のために、一時的に身を置いてユ−タ−ンを狙う年輩の男性と新卒で強制的に送り込まれてきた20代の教員だけであった。

 一年生の担任となった孝子のまわりには、連日、子どもたちが群れていた。その中に、孝子の肩をポンポンと、叩く子がいた。
 「なあに?」と振り向くと「この手、悪い手ね」と自分の手を自分で叩く子がいた。それが、松木だった。大きな目をくりくりさせて、ニヤッと笑う顔はそのままでアニメのキャラクターになりそうにおどけていた。家庭環境調査表には、父一人の名前しかなかった。職業欄には運転手とだけ書いてあった。
 「来週から家庭訪問です」とクラスで告げたとき、松木の顔が曇った。孝子は妙な胸騒ぎを覚えた。そして、案の定、父親とはとうとう連絡のとれないまま、家庭訪問週間は終わった。
  いつしか、休み時間「先生、あのね」と話しかける子どもたちの群れから、松木の姿が消えていた。そして、松木のいたずらが多くなった

 5月のある日、帰りの会で、俊子から「先生!松木君が、今日、化粧ビンを持ってきました。私が注意すると、何にも言わずにいきなりぶちました。」と、訴えがあった。
 「どうして、化粧ビンなんか持ってきたの?」と孝子が訪ねると、物も言わずいきなり、松木は教室を飛び出してしまった。
 一日の勤務を終えて、帰路につく頃、孝子の胸には重いしこりが残っていた。「入学当時はあんなに無邪気に見えていたのに、この頃の松木の表情は日に日に暗くなる。一体、どうしてなんだろう?」
  いつしか、松木は学校を休みがちになっていった。「ね、松木、今日はあなたの好きなビ−フシチュ−だよ。おいで、待っているから。」時にはこんな電話で後から学校に来る日もあった。
 しかし、その日松木はとうとう姿を見せなかった。そして、翌日も。「先生、あたしたち、今日、松木のうちに行ってみる!」と、同じ班の麻紀が提案をした。「そう、ありがとう。先生も一緒に行くわ。」麻紀は父親が数年前から行方不明で、今は母と二人、祖母の家に身を寄せていた。

 その日の放課後、保の案内で、孝子と麻紀ははじめて松木の家を訪ねた。入り組んだ路地の突き当たりに、松木の家はあった。その路地の小さな家々の玄関先には、所狭しと植木鉢が並んでいたが、松木の家の前だけは雑草が伸び放題になっていた。開けっ放しの玄関から、「松木君!」と声を掛けるが、人の気配はない。
 「先生、二階にいるんだよ、僕、行ってみる!」言うが早いか、保は階段を登って行った。保は松木と意外に仲良しだったんだな、と孝子ははじめて知った。しばらく待っていたが保も降りてこない。麻紀を誘って、孝子は靴を脱いで、おそるおそる階段を登った。階段はストッキングの上からも分かるほどざらついていた。上り詰めた所に、ビ−ル瓶のかけらが転がっていた。

 松木は西日が照りつける部屋で布団に潜っていた。枕元には、ほこりのかぶったラ−メンどんぶり。「まつき……」と言ったなり言葉が続かなかった。
 その時、孝子の目に、先日の化粧ビンが飛び込んできた。それは、白い化粧台の上にあった。孝子は一度に何もかも理解した。この鏡に向かって化粧していた母を、松木は求めているのだ。学校へこのビンを持って来たのも、そんな訳だったのだろう。「なのに…わたしったら、違反物を持ってきたことだけ責めた。」孝子は唇を噛みしめた。
 「ゆうべ、おやじ、帰ってきて、ビ−ル瓶で殴った…」照れくさそうに、布団から顔だけ出して、松木はぽつりと喋った。布団の端をしっかり握りしめている手には、血の跡があった。

 しっかりしなければ、と思っても孝子にはどうしていいのか分からなかった。「今すぐ、私はエプロンをして、この部屋をきれいにしなければ、きれいな空気を入れて、松木の心もきれいにして…」しかし、孝子の体は凍り付いたように動かなかった。この日まで、孝子はこんな世界のあることさえ知らなかった。

 「学校休むなんて、ずるいぞ−、松木!」孝子には、保の声が遠くに聞こえた。



2.
 孝子の後ろの窓からは、5月のひんやりとした夕暮れの空気が流れ込み始めていた。
 「ね、先生、どうしたらいいのでしょう」と尋ねる母親の顔には、孝子への不信感がくっきりと滲み出ていた。あの色白で幼い顔立ちの尚志のお尻がみみず腫れとは、なんと体育教師に竹刀で殴られたとは。尚志の母親に動揺を気取られまいと思う孝子だったが、そんな努力は何の意味もなかった。結局、孝子は母親が納得できる説明も解決法も何一つ示せなかった。

 あれは孝子が赴任してまもなくのことだった。明日の指導案が決まらず、孝子は放課後遅く、書きかけの紙を破っては丸めていた。
 そのとき、職員室の入り口にひとりの男子生徒が現れ、具合が悪いと訴えた。職員室には孝子だけだった。どう判断していいかわからず、体育館に教員を求めてでかけた。2.3のクラブがまだ活動中だった。「顧問は」と聞くと、「教官室」と教えてくれた。
 教官室のドアを開けたときだった。空気を切り裂くような音と同時に孝子の足下に男子生徒がどさっと崩れ落ちた。はっと息を飲み込み、顔を上げると、体育教師のものすごい眼差しに貫かれた。
「なんだ?」
「バレー部の子が具合が悪いと…」
「それがどうした!」
「どうしたら、いいかと思って…」
「帰せ」
「はぁ?」
「放課後だ、家にとっとと帰せ!」それだけ言うと、彼は孝子の足下にうずくまる生徒に「立て!」と怒鳴り、その襟首を掴んで引きずり起こすとふたたび拳でなぐった。
 孝子は、くしゃくしゃになった男子生徒の目を戦時中の日本陸軍を描いた「真空地帯」の新参兵の目のようだと思った。教官室には新任の体育教師の姿もあった。彼の目は薄笑いを浮かべているように見えた。
 反射的に、「失礼します」とドアを締めることも忘れて孝子はその場から逃げ帰った。今も、あの日の胸の鼓動が聞こえてくるようだ。
 尚志もあの男子生徒のように殴られたのだろうか。一体、どうして、こんな野蛮なことが戦時中でもないのに、しかも学校という場で起こるのだろうか。孝子には訳が分からなかった。尚志の母にはひたすら謝った。それしかできなかった。

 翌日、意を決して体育教師に事情を聞いた。
「おまえの指導が悪いから殴られるんだ!」
「どういうことですか?」
「わからなければ、おまえも殴ってやろうか!」
 もう孝子にはそれ以上言葉がなかった。それ以上、抗議することもできず、すごすごと引き下がらざるをえなかった。疲労にまみれて言いしれぬ惨めさが襲ってきた。誰かに相談すべきだろうか、管理職に。いいえ、そんなことは考えられない。バレー部はうちの学校の花形。では、組合の先生に。それも無駄。「あの人、去年、生徒の耳の鼓膜を破ったのよ」とみんなは平然と話をしていた。話しても、単なる愚痴になる。では、どうしたらいいの。

 その日、孝子の足は家とは逆の方向に向かっていた。頭の中には「理論武装」という言葉がぐるぐる回っていた。だれか、わたしに知恵と勇気を与えて下さい。神田の書泉は相変わらず、通勤帰りの人と学生でごった返していた。階段を登り、いつもの教育のコーナーにいく。教育裁判、日の丸・君が代、教師の権利、人事、研修…しつけ、授業案…。どこにわたしの求める本があるのだろう。教師の暴力、教師の力量…。どこにも子どもの人権というキーワードを見つけることはできなかった。
 つい3ヶ月前までは、孝子はどこにでもいる女子大生だった。ミニスカートとパンプスを履いて、大学のキャンパスを友人たちと笑い戯れる女の子にすぎなかった。頭の中は週末のダンスパーティのことや今読みかけている小説のことでいっぱいだった。あの3ヶ月前までの世界が夢なのだろうか、それとも今の世界が夢なのだろうか。あまりのカルチャーショックに孝子の頭は混乱していた。人間でいることのいちばんの悲しいことは、無知の深さなのかもしれないと孝子には思えた。
 
 翌日、掃除の後、尚志を教室に残した。あたふたと職員室での仕事を片づけて教室にもどると、あどけない顔つきで椅子にちょこんと座って待っている尚志がいた。何があったの、どうして殴られたの、と問う孝子に尚志は恐縮したように「僕が悪いのです」と小さく答えた。
「悪いって?なにが」
「教科書忘れたんです。」
「そ、そんなことで…、他のクラスで借りればよかったのに」
「それだから…」
「先生ってなんにも知らないんだね、他のクラスで借りちゃいけないのだよ」
いつの間にか、後ろに保が立っていた。
「そんな、何も用意しないより、借りた方がいいのじゃないかしら」
「あの先生にはそんなこと通らないよ」
沈黙。
「みんな殴られているんだよ、なんだかんだって理由つけて。僕は体操着、洗濯されちゃったから、その理由を言おうとしたら、男子に二言はないって怒鳴られて、2発もよけいに殴られちゃった。おかげで、しばらくお風呂に入れなかったよ。」
「まあー」
「でもね、一番ひどい目に合っているのが、松木だよ」
「ええっ」
「反抗的だとか、その目つきはなんだとかって」
そうだったのね。松木の毒気のある目つきを思い出した。体育のある日はそういえば来ない。
と、後ろから唐突に
「ね、先生、わたしたちで秘密結社作りましょうよ」
「あら、麻紀ちゃん、どうしたの?」
「あたしたち、尚志のこと心配だったから、残っていたんだよ。ね、保」
「そうだよ、この頃、先生いつも忙しい忙しいばっかりでさ。ついでに僕たちともおしゃべりしようよ」
「ありがとう、みんな、いい子で、先生とってもうれしい。」
孝子の声はちょっとくぐもっていた。
「やだね、先生は泣き虫で」
 わたしの魂は子ども時代のどこかで凍りつき、その部分だけが大人になれないでいるのかもしれない、と孝子は思った。



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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
これからどう展開するのか、決して明るくない社会の中で、子供たちが傷つきながらも、助け合って生きていく姿が見たいですね。
森の生活
2008/06/30 08:45
こんばんは〜。感想ですよ。^^
1.新任の孝子先生にとって、はじめて見て、感じた「家庭事情」。でも、主人公はこの記憶からスタートしていくのでしょう〜。
2.体育教師をなぜに暴力的になるのか?過去の、さとしの時代の実際の義務教育を受けた時代には、そんな教師も確かに多かった。敗戦時に青年期を過ごした先生方だった。さて、創作の主人公は書泉グランデに行っても、でもアンサーにならないことを背負う。ここに教育者が子や同僚とともに過去も含めた時代的なものに翻弄されながらか、そうさせまいとしながら現場は動いていってることを感じました。答えを求め続けて行こうとしてる孝子、そんな孝子と子供達の今後のやりとりを応援したい気持ちになりました。
今後の展開、楽しみです。
さとし君
2008/07/01 02:32
これは、ののはな先生の実体験ですか〜?
なんて、野暮なこと聞いちゃった(笑)
これの時代背景は、ののはなさんが、先生になりたてのころのお話ですよね
今、現在の学校のことではないですよね
私の一歳上の姉も小学校教員を長くしてましたが
今の教育現場で、先生の暴力なんて事、PTAがうるさくて
通用する訳ないと聞いております
そんな今の、エゴの固まりな親も何かと困り者ですが・・
何時の時代にも教育現場には、その時々の問題もあったんですね
そんな中、新任の、ののはな先生、いえ、孝子先生が、立ち向かわれていく
教育現場でのあれこれ・・
優しい子供思いの孝子先生の愛と涙の感動巨編に(ナンテ、いうと安っぽくなりますが)
ののはなさんでしか書けないお話の今後に、大いに期待していますo(^▽^)o
風子
2008/07/01 10:00
◇森の生活さん♪
おひさしぶりです。気になって何十年。あの子を思い出すたび物語を紡ぎ出していた若い日もありました。人生の終わりにどうしても完成させたくて、自分史よりもこちらが先ですね。いろんな事情を鞄いっぱい背負って学校へ来る子どもたち。何にも知らなかった若い教師が少しずつ現場を知っていく姿も描けたらと思います。
ののはな
2008/07/01 20:17
◇さとしさん♪
戦中に軍隊式に鍛えられた者が再び、そのように子育てをしていたということでしょうか。戦後の民主教育で育ったわたしは幸せなことに、学校で暴力が振るわれることを見ないで育ちました。悪はいっぱいいて後で非行の第1次というのだと知らされましたが、それだけに東京で教師になって、暴力が横行しているのを見てびっくり。あの頃は子どもの人権などということをいう人もいません。孝子の成長と、子どもたちがたくましく成長する姿を描けたらいいなと。この夏煮詰まるといいな。応援してくださいね。
ののはな
2008/07/01 20:28
◇風子さん♪
いや〜そう言われちゃうと...そうなんだろうな。忘れられない物語りだから。マ.ツ.キ。忘れたことがない子の名前。学校での体罰と言う名の暴力はこの数十年変わっていないですね。だから、東京都は莫大な費用をかけて素敵なパンフを作って、体罰禁止を訴えている。そういう現実があると言うことでしょうね。今年から人権教育も年間計画にもりこめってことで、各教科で書いてもらいました。「何書いたらいいの」って聞くから「まずは今年は教師に人権意識を持ってもらいたいので、どうあるべきか考えてね」って答えておきました。
ののはな
2008/07/01 20:41
...続きます・・
今の時代の問題は「PTAがうるさい」というより、子どもが家の中に王子様お姫様になって育っているから、集団教育ができないということです。小学校の先生が一番大変だと思いますよ。子どもが机に座って、人の話を聞く姿勢がとれる、って学校での集団教育の一歩でしょう。それができなくて、なのに、それをできない教師を責める親がいるのですから。「一度あなたがおやりになったら」って言ってあげるといいのにと思います。家で好き勝手やらせていては学校で我慢はできない。また学校は厳しいところだから、せめてそれをわかって学校に送りだし。家に帰ったら安心して過ごせる家であってほしい。それが出来なくなっているのが、現代の学校をとりまく状況でしょうね。
ま、70年代の昔話だと思ってまたアドバイスしてくださいね。
ののはな
2008/07/01 20:42
私の子供の頃を思い浮かべることばかりです。お互いに元気な間は何とも思わなかったこともこうしたときは不思議と次から次へと走馬燈のように思い出がよぎります。亡くなった人のことも自分の子供の頃も・・・。
chiharu
2008/07/01 20:56
◇chiharuさん♪
chiharuさんの子どもの頃ですか。どんなだったのでしょうね。とても気になりますね。亡くなられた方のこと?お友だち?気になるコメントです。
ののはな
2008/07/02 21:39
ののはなさん、こんばんは
創作小説?拝見いたしましたが
読んでる途中
これは、創作とはいえ、事実を基に書いてるのでは?と
思うと、ちょっと怖かったです。
これを読んでて、救われたのは
子供たちが、相手を思いやってる姿ですね。
力で、押さえつける教育は
いつの時代であっても、やってはいけないこと
と思います。
kirari
2008/07/02 22:27
白い巨塔の教育版ですね。。
多くの人が今の教育、学校ののあり方を良しと思わない根本。。
教育は国の政策の一環に押し込められているからかな〜
戦争中は国家のため天皇のためと強いられ、今はその矛先が経済中心の生産力ある人材育成。。今また何処へ向かわんとしている教育。。
いつの時代もそんな中で踏みにじられる力なきもの。。それが子供。
小学生4年の時担任の先生にびんたを食らわされた経験があります。
タバコを悪戯してみつかって。。先生は「00ちゃんと付き合うな、あのこと付き合うと悪くなる、、朝鮮人だから」私の時代の不条理です。。
先生とはけして人生のお手本にならない人がいることに気がつき、傷ついた時代でした。
ののはなさんのような先生がいるからこそまだ救われるのですね。。
家庭から発生する問題は社会のを反映し、社会は日本という国を映し出しているのでしょう。。これからの未来を担う子どもたちの教育、学校への問いかけは 大きな問題です。。
取り留めの無い感想になってしまいましたが 素晴らしい作品に感動しています。続編が楽しみです!
コケコ
2008/07/03 17:31
◇kirariさん♪
tirariさん、読んでくださってありがとう!
そうですね。怖いですね。書いているわたしも怖かった。暴力が大嫌いなんです。教師が暴力を振るうことが一番いや。プロならプロらしく教育して!って言いたい。殴らなければ、恐怖を与えなければ、子どもを従わせられないのなら、そんなの教育じゃない。
 うちの子どもは、小学時代、教師が生徒を叩くと「先生はそんなことしちゃいけないんだ。法律にも書いてある」って叫んだらしい。
 今だって本当に子どもに人権があると思っている教師がどれだけいるか疑問です。わたしの目の触れないところでいろいろあるようです。
 子ども同士が支えあっている、これは今の子どもたちよりあの頃はありましたね。わたしはだから子どもの側にいるのが好きでした。
 30年ほど前、教育の正常化を求める請願書を親と一緒に教育委員会に出したことがありました。自分の手に負えない生徒を卒業生のワルに夜襲わせていたのです。今次号を考えています。いつになるか分かりませんが、また来てくださいね。
ののはな
2008/07/03 21:19
◇コケコさん♪
教育を制するものは、政治も制す、って考えは今もあり、時の権力者は決して教育だけは自由化にはしそうにないですね。
来年から、指導要領の一部が前倒しで実践されます。で、先日研修会がありました。私ら3人が授業をし、その後、講師が講義をし、来年度から中1が週3時間から4時間になるが、これは元に戻るのではない。「生きる力」は否定されていない。むしろ、問題解決能力をきちんと付けるための教育が付加されるのだと。」その後で、どこぞの先生が「戦時中と同じ、撤退ではない、後ろに進め!だ」って言ってみんなで大笑い。
 教育を民衆の手に取り戻すのはなかなか大変です。自分の子さえ良ければという親が多くなって、クラスでの討議が成り立たない時代です。
 さて、コケコさんにもつらい体験があったのですね。差別と偏見は子どもの心にぐさっと来ますね。参考にさせてもらいます。励ましてくださってありがとう!感性を磨いて続きを今、頭の中で練っています。これがある日熟成がおわったらぱっと形になるのでしょうね。
ののはな
2008/07/03 21:31
創作・・ですか。
生きた言葉は、
無意識に誰かを傷つけるときがあるので
難しいですよね。
pale moon
2008/07/14 23:46

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