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help リーダーに追加 RSS 志筑城跡をさまよって・・・其の1 羅漢さまに出会う旅

<<   作成日時 : 2008/10/13 22:20   >>

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志筑城跡をさまよって・・・其の1 羅漢さまに出会う旅
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今日は
時間がほとんどないので
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前回と同じく
常磐道の石岡千代田で降り
志筑城址跡をめあてに
また小さな旅にでた


志筑城址跡は
「かすみがうら市立志筑小学校」にあった
校庭では地域野球の子どもらがいた

邪魔をしないように そっと坂を下った





説明板には・・・・

ここ志筑城は、鎌倉時代源頼朝の家臣

下河辺政義(後益子氏)が、養和元年(1181)頼朝に

叛いた浮島の信太義広を討ち、その功により茨城南部の地頭となり、

この地に城を築いたのに始まる。

この城跡は、三方が深田に囲まれ、南側に自然の掘割を擁した天然の要害で、

土塁など鎌倉時代の築城方式を今に残している。

南北朝時代、五代の顕助、国行父子は小田城主治久と共に南朝方に属し、

北朝方の石岡の大掾高幹としばしば戦いを挑み、

半年間も戦闘を続けたが興国2年(1341)11月小田落城の報を聞き、

翌日六代国行は城を捨てて一族の小山氏のもとへ走り、

その後も南朝方のために忠勤を励んだという。

その後廃城となっていたが、慶長7年(1603)佐竹氏の国替えに伴い、

出羽国(秋田県千畑町)より当地へ移封となった本堂茂親が志筑藩の領主となって、

正保2年(1645)ここに陣屋を構えて廃藩置県まで本堂氏十二代の居城となっていた。

(茨城県指定史跡 昭和10年11月26日 千代田町教育委員会)


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どうやら、ここは明治維新の激動時代に
小さいけれど異色な輝きをはなった志筑藩があったらしい。

そういえば、ここへ来る途中の街道には
陣屋門、長者屋敷の塀、茅葺の母屋など
昔を偲ばせる町並みが残っていた。

しかし今日は日曜日なので
母のデーサービスのお迎えのヘルパーさんがいないので
時間に追われての旅
街並みの写真を撮ることはあきらめた。










画像 本堂氏のこと少し調べた・・・

 天正18年(1590)

 豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻撃した時

 本堂忠親が参陣し、その軍功により秀吉から

 大名の地位を認められ「領知朱印状」を与えられた。

 

 慶長六年(1601)

 本堂忠親の子、茂親の代に

 徳川家康より国替えを命じられ(佐竹氏が出羽に国替えとなったため)

 本堂氏が、ここ志筑地方八千五百石(後に分知により八千石)の領主となった。

 志筑藩は小さな石数の領地の小藩であったが

 大名と同じように参勤交代などの義務があった。

 また近くの稲吉宿の助郷役の負担も負っていたため財政は厳しく

 安永2年(1773年)百姓一揆(助六一揆)が起こった。

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 第十代・親久の時の1868年

 戊辰戦争では

 周りの諸藩の多くが傍観を決め込んでいたが

 志筑藩はいち早く新政府軍に協力し

 一万百十石に加増され、大名に昇格した。

 版籍奉還で志筑藩知事に

 1884年には男爵となった。



 なお、志筑小の校章は本堂家の家紋が使用されている。



α...................................................ω

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小学校の門をでて
南に下ると池(自然のお堀?)があり
その向こうに
志筑藩藩主、本堂公の菩提寺、長興寺があった

冒頭の写真がその入口である
入口の羅漢さまのおもしろさに
いつもまにやら
五百羅漢の長興寺(曹洞宗)に導かれていく

本堂は貞亨元年(1684)に建てられた
この写真の山門と本堂が村指定の文化財





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 境内で仕事をされている方に
 「これはどなたがお創りになっているのですか」と訊くと
 「みなさんで創っている」とのこと。
 これなんか、すごい芸術だ
 と思っていたら
 実際メンバーのなかには
 石岡市在住の彫刻家である鶴見修作氏がいて
 1986年より製作をはじめ
 今では「羅漢を彫る会」として
 いろんな人が参加しているらしい
 境内には石や道具のある場所もあった



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 いや〜一つ一つの羅漢さまをみていると
 時間を忘れる
 これ考える人?
 悩む人?
 嘆く人




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 脚下照顧
 禅の教え
 足元を照らし我を顧みる
 常に他人の行いや言動に対して
 心を乱すことなく
 自分自身を見つめ直す心を持つ
 
 ここで会うとは・・・
 思わず襟を正す

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 ユ−モラスだね

 なんだか

 あまりのかわいらしさに

 口もほころぶ










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帰ろうとしたら
おばあちゃんたち三人に出会った
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「こんにちは」って声をかけると
「どこから」って訊かれる

お寺の境内のベンチの日だまりで
こうしてたのしい時間をすごすのだ
こんな桃源郷が
まだ日本にはあったんだね
あたたかい気持ちになって
帰路に着く

田んぼの淵には
大ぶりの薄紫のよめなが
秋の風にさやさやとゆれていた






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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
ののはなさん、いい旅をなさっていますね。
私も一緒に旅をしている気分で写真や文章を読ませていただきました。
日本人でよかったと、なぜか思いました。
風景の写真が撮っても心に残ります。
komichi
2008/10/14 00:16
♪らかんさんがそろたら まわそじゃないか
よいやさのよいやさ
って、わらべ歌を思い出したよ
何時もながらに、ののはなさんの格調高い日記・・
神妙な思いになれるから不思議です(笑)
風子
2008/10/14 09:37
志筑藩、歴史のなかにうもれてしまったような小藩ですが、長い歴史があり人々が生きてきたのですね。
羅漢さん、皆さんで作られているのですか。現代の羅漢さんの表情がしみじみといいですね。
森の生活
2008/10/14 11:08
羅漢さまの像って、初めて見ました。
どれもこれも、ユニークです。
介護の合間にこうして出かけられていくののはなさんにも、感心しています。
ののはなさんも、いい時間を過ごせて良かったですね。
前記事の野葡萄のアップ、頂きました。
淡いカラフルさが、本当にきれい!
マイルド
2008/10/14 17:21
こんにちは
志筑城址跡は「かすみがうら市立志筑小学校」にあった珍しい史跡の利用の仕方だと思います。こうした羅漢の表情に色々思いを馳せて過ぎゆく時間を忘れてしまいそうです。
chiharu
2008/10/15 16:47
私の生まれは隣町と言っても嘘にはなりません。今は桜川市と言いますが..
石岡近辺は結構歴史があると思いますよ。志筑?勤王の志士?加波山事件の志士達?筑波〜加波連峰のやまなみを見ながら育ちました。
じんぺい
2008/10/15 23:38
羅漢さまは、それぞれが、ほんとに面白いですね。
最近の彫刻家が作られたものなんですか?
私のお気に入りの、四角い顔の二人が寄り添った石仏は、それなりに時の流れを積み重ねているような石の色みたいですが・・・。
いつもながらの歴史読本、楽しませて頂きました。
赤兵衛
2008/10/18 07:57
羅漢さまと云えば表情が面白いですね。
プロの彫刻家も居られるとのことですから、他にもきっと素晴らしい作品があると思います。色々の思いを込めた羅漢さまに手を合わせます。
乱歩
2008/10/18 21:50
◇komichiさん♪
そうですね。ご一緒に歩いてくださってありがとう!
こういう情緒がわかる人ってすきです。
小さな小さな旅です。
其の2を書く暇がないのですが、そのうち載せます。
ののはな
2008/10/19 23:12
◇風子さん♪
人間が異なると同じ事でもこうなるのですよね。
でもそこが人間のおもしろいところですよね。
石を刻む音が聞こえるこんなのびやかなお寺っていいですよ。
ののはな
2008/10/19 23:14
◇森の生活さん♪
里山の雰囲気を味わうにはこのあたりまで来ないとできないほど
首都圏はもう乱開発がされましたね。
こうやって歩くといろんな発見があって面白いです。
石岡よりもこちらの方が古いのかしら。
もっと歴史を調べたくなります。
ののはな
2008/10/19 23:16
◇マイルドさん♪
現代の羅漢さん、いいでしょう?
わたし、この横顔の群が好きです。
いろいろな女性がいる。
お地蔵様っていうのともちがうこうした羅漢さんっていい。
野葡萄が好きなように、いろいろと人間の異なりがあっておもしろい。
野葡萄の写真喜んでもらえてうれしいです。
ののはな
2008/10/19 23:19
◇chiharuさん♪
そうですね。史跡跡だと知らない小学生もいましたが、引率のお母さん方に碑のありかを聞きました。地域の文学の史跡図が大きく玄関横にありましたね。こうして出かけて土地の人とお話をすると、釣瓶さんになった気分です。
ののはな
2008/10/20 22:22
◇じんべいさん♪
すてきなところでお生まれになったのですね。今も実家がそちらにおありになるのですか。故郷へは行かれることもあるのですか。前回、足尾山から筑波連山の夕暮れを撮りました。そちらも覗いてみてください。自信作の山並みグラデーションがあります。てへ。
ののはな
2008/10/20 22:26
◇赤兵衛さん♪
お久しぶりですね。ここ20年ぐらいの間に作られたものも多いようです。先日伺った時には、鶴見氏に偶然会いました。「お名前を聞かせていただけますか」と訊くと「お宅は?」って訊かれて、あっ!名もなき野の花と思っていましたが・・
なるほど、四角顔が寄り添ったあの作品ですね。きっと古いものだと思います。
ののはな
2008/10/20 22:30
◇乱歩さん♪
そうです。実に飽きないですよ。一つ一つの表情とてもおもしろいです。
全部を紹介できないほどあります。工房のあるお寺っていいですね。
ののはな
2008/10/20 22:32
こんばんは♪
なんといっても羅漢様たちがいい味ですね。
一つ一つに味わいがありユーモアがあり作った人たちの顔が浮かぶようです。みんなで作った事が素晴らしいですね。
小さな旅の発見は思わぬほどの収穫がありましたね。
栄華の時は過ぎたお城後は寂しいものがありますが、しばしその時代に遊んでいるような気分になれます
次のお話の展開が楽しみです
コケコ
2008/10/20 22:40
◇コケコさん♪
そう味のある羅漢さまでしょう。ひとりひとり表情からポーズまでちがうの。みなさんが関わっておられるって聞いてうれしくなりました。城址跡といってもあるのは看板と碑のみでしたが、想像するとたのしいものですね。今は小学校になっていました。草むらになっているより良かったと思います。はい、楽しみにしていてね。其の必ずつくりますから。
でも今・・・毎日へろへろなんですよ。先日の避難訓練でダッシュと叫んでわたしもダッシュして生徒がびっくら。ま、これくらい走れるのですが、長期戦となるとやっぱり年を感じます。ではでは。
ののはな
2008/10/21 21:38

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