静音の小径

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zoom RSS レポート...川との共生

<<   作成日時 : 2009/09/19 00:39   >>

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画像川との共生と
明日へのオルタナティブ


むかし ののはながはじめて書いたレポート。どうしようって考えて「野の花舎」ってHPを作った。あれからもう12年たった。
川の状況はあまり変わってはいない。しかし政権が替わり、川の政策にも変化が生まれるかも知れない。わたしはむかしの自分の考えをあらためて読み直し、検証するチャンスにしようと思う。



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T.序論

 川はわたしたちにとって身近な自然であり、そこは誰のものでもなくみんなが戯れることができる場所だった。しかし、いつの間にか川は渇れ、汚れ、コンクリートで固められ、無機質な排水路と化し、いつしかわたしたちの意識から遠のいてしまった。しかも、大都市の川だけでなく、山の中や田圃を流れる川さえもショートカットされ、三面コンクリートで固められている。

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 日本の川はこのままでいいのだろうか。日本の川は魚が豊富で、清らかな流れがあった。しかも、水温が高いので、子どもたちの格好の遊び場だった。こんなに自然に恵まれた国はそう多くない。しかし、日本ほど、川に手を加え、数限りなく水をせきとめている国も他に例をみない。日本の土木工事費はアメリカのそれを大きく上まわっていると聞いた。これはおかしい。




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 川はどうしてこんなことになってしまったのだろうか。戦後、荒廃した国土の復興をめざして河川政策が立てられたが、そこでは、川を「利用と克服」の対象としか見てこなかった。その背景には、経済的効率性をもとめる近代の思想があった。

 近年、川の蘇生を願う住民運動が盛んになり、建設省もそれに応えるように河川審議会は「環境」を盛り込んだ答申をうちだした。川を取り込んだうるおいのある地域づくりやまちづくりを推進するという。

 しかし、「開発」をキーワードに進めてきた従来の河川政策が「環境」をキーワードとする河川政策に転換するためには、現在のシステムや河川思想のままでいいのだろうか。たとえば、「開発」と「環境」が対立する事業にたいしてはどうなるのだろうか。現行の法律やシステムで大丈夫なのだろうか。
 他方、わたしたち自身の問題もある。川からこんなに離れてしまったわたしたちは以前のような川との関わり方を知らない。近代の思想にどっぷりと浸かってしまっている。

 そこで、わたしは、文献により日本の川の現状とその問題点を分析し、川とわたしたちが共生するための「システムのあり方」と「河川思想」を論証してみたいと思う。


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U.本論

 1.「環境」は「治水・利水」と対立する?

 まずはじめに、百科事典1)で、治水、利水、環境をキーワードにして日本の河川の現状とその問題点を分析した。その結果、日本の戦後の河川政策を明確にメリット・デメリットとして分けることの困難さを知らされた。「利水・治水」の河川事業を行えば、「環境」破壊の問題が生じ、そこにいたちごっこの歴史をみることになった。

 たとえば、洪水を防ぐために行われる河川改修工事は、同時に河川の特性を大きく変えてしまう。その結果、さらに新たな河川事業が必要となる。
 河川開発は日本の高度成長を支えたが、水源地域への犠牲は大きく、ダムの底にふるさとと人生を奪われた人々の悲哀の歴史がある。
 また、河川開発は上流河川と森を破壊し、新たな開発災害を生むことにもなった。下流の堤防の強化は洪水を減らしはしたが、以前は氾濫源だった地域にまで、住宅がひしめくことになり、未来への予期せぬ大洪水の危機をさらにはらむことになった。
 しかも、堤防により川と切り離された住民の意識の変化が新たな課題を生じさせる。
 ダム、河川改修、護岸工事等により、水の循環が断たれ、生態系にも大きな被害が生じる。
 河川、海の水質汚濁もこれらの河川事業と無縁ではない。


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 2.自然征服の思想が近代河川工法を生んだ?

 そこで、「治水・利水」の河川事業は宿命的に「環境」と対立するものなのだろうか。それらを融合した河川事業のあり方はないものだろうかと、文献にあたった。。

 新潟大学工学部教授大熊孝氏の文献2)よると、それらが対立した概念になるのは「氾濫を受容しなくなった近代治水」に問題があるからである。近代河川工法のあり方そのものに問題があるのではないかと考えられる。

 新潟大学法学部教授鷲見一夫氏の文献3)によると、日本はすでに戦時下からアメリカのTVA開発方式を手本とした「近代的な河川工法」を行っている。この「近代的な河川工法」はローマの上下水道の建設技術に象徴される「近代的な河川思想」に影響を受けたものである。その根底にあったのは、哲学者の梅原猛氏の文献4)によると「自然を征服し、自然を改造することで豊かな富がえられるという近代思想」である。この近代思想そのものの問い直しから、近代河川工法を問うことが必要である。

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3.近代思想を信奉していた欧米の河川政策は?

 ところで、日本と同じように近代的な河川思想を信奉してきた欧米では、現在どのような河川政策がとられているのだろうか。

 「公共事業チェック機構を実現する議員の会」の米北視察の報告書5)や、アウトドアライターの天野礼子氏の報告6)では、アメリカや世界の先進国では、「近代河川工法」の限界を認め、河川政策の転換がはじまっているという。
 1993年のミシシッピー川の大洪水で、近代河川工法にも限界と誤りがあったことを学んだアメリカの開墾局は1994年、「アメリカのダム開発時代は終わった」と宣言し、TVA方式を見直し、建設途中のダムの中止、ダムの撤去、環境を回復させるための放流を始めている。
 建設省大臣官房付の官僚、関正和氏の文献7)によると、ドイツやスイスでは、ショートカットやコンクリート三面張り等の川づくりについての反省が生まれ、近自然河川工法(今までの川づくりの手法を根本的に見直し、もっと自然豊かで、美しい風景を生み出す川づくり)を始めている。


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4.「環境」を、しかし「ダムはつくる」?

 では、日本の建設省は日本の川の現状をどう認識し、今後、川とどう関わろうとしているのだろうか。

 ここ数年、建設省内部からも自己批判がいろいろな形で出されている。
 建設省が信頼をおいている河川工学者高橋裕氏は、「にほんのかわ」の1996年新年号で、治水によかれと思って行った川の三面張りや河道の直線化が伊勢湾台風などに象徴される台風を「水害」にし、川の人工化やダム建設が人と川とのありようを大きく変えたことを反省すべきだと主張している。
 また、前掲の関和孝氏は1990年11月に「(近自然河川工法の日本版)多自然型川づくりの実施要領」という通達を全国の地方建設局と都道府県に出し、1993年までに3200ヶ所の多自然型川づくりが計画、実施されている8)。

 こうした河川に対するニーズを踏まえ、1996年6月、河川審議会は河川法の改訂を答申した。「環境」というキーワードを入れ、「多自然工法」を多用するということが提案された。しかし、ここには肝心の「ダム建設のストップ」がない。むしろ、21世紀は”水争いの時代”になるからこれからもダムを造るという。
        
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5.ダム建設をストップしないのは「水不足」のせい?

 前掲したように、先進国では、ダムに象徴される近代思想に疑問を投げかけ、ダムをストップしているのに、日本はダム建設にストップをかけないのはなぜなのだろうか。建設省が言うように、ダム建設を止められないのはほんとうに「渇水」のせいなのだろうか。さらに文献にあたってみる。

 東京都環境科学研究所の嶋津暉之氏の文献9)によると、今後の都市用水は「今ある水源利用を図ることによって十分に対応できる」という。
 1975年以降は工業用水の需要は減少、横ばい傾向にある。また、水道用水はゆるやかに増加傾向にあるが、高度成長期に比べれば増加率は小さい。水洗トイレの普及率も80%近く、近い将来には水道用水も飽和値になると考えられるからである。
 ところが、国土庁が1978年に発表した「長期水需給計画の予測」では、1990年の都市用水は1億3100万uと、実際の2倍に予測していたことになる。
 嶋津氏はこうしたデーターを示して「全国で500ヶ所以上の水源開発事業を進める国の水資源開発計画の土台になっているのは、実績と乖離した水需要予測」であるという。渇水はダム建設の理由にはならないのである。

 それにもかかわらず、ダム建設を進めるのはなぜなのだろう。疑問は深まるばかりである。そこで、ダム建設のコスト−ベネフィト分析の視点で文献を探すことにした。

 法政大学法学部教授五十嵐敬喜氏の「公共事業をどうするか」10)によると、堆砂がダムの深刻な問題になっていることがわかった。黒四ダムや平岡ダムでは、ダムの耐用年数に2倍近くの誤算があり、数十年後にはダムは日本最大の産業廃棄物になることが予想されるという。ダムはこのようにコストパフォーマンスの悪い社会資本なのだ。

 さらに、今、国は大きな財政赤字を抱えている。政府は2003年までに財政再建を行うと約束せざるを得ないほどに、国内外に不安をもたらしている。このような財政危機を迎え、不必要な公共事業の見直しの声が政財界からもあがっている。財政赤字の国家が、コストパフォーマンスも悪い、渇水のためでもない、ただ日本の美しい山河を破壊するだけのダムを、なぜこれからも造り続けるというのだろうか。国家にとってどんなメリットがあるのだろうか。国家のためとは国民のためということだが、本当に国民はダムを望んでいるのだろうか。

 ここで、対象を河川からダムに矮小化しているのではない。ダムこそが近代の河川工法の象徴だからであり、ダムによる自然破壊がもっとも大きいものだからである。


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6.公共事業はだれのため?

 これだけのデメリットが考えられるダムを国家は公共事業としてこれからも作り続けるというのだから、なにかよほどのメリットがあってのことだろうと考えられる。しかも、ダムはもっとも大きな社会資本なのだから、そのメリットは、当然、国民にとってのメリットでなければならないはずである。文献をさらに追ってみる。

 五十嵐・小川氏の文献11)により、さらに以下のことが明らかになった。たとえば「1995年から十年間で630兆円」という公共事業費が1994年10月の閣議で了解されている。630兆円という数字は1996年度の一般会計予算の75兆円と比較すると、いかに法外な金額かがわかる。法的根拠もなく、国会で審議されることもなく、中身を検討しない「閣議決定」あるいは「閣議了解」という形式だけでこのようなことが決まるのである。これはなにを意味しているのだろうか。

 公共事業にストップをかけさせない原因はこれだ。表面だけの予算審議、固定化したシェアとそれを守る官僚、官僚の天下りを接着剤にして肥大化を続けるさまざまな利権構造等々がここから見えてくる。
 また、公共事業を途中でストップするには、年10.95%の加算金を上乗せして返還しなければならず、地元の自治体は膨大な財政負担になり、事業から手をひくことができない。さらに補助金の「返還」問題も、おかしな公共事業にもストップがかけられない理由としてある。
 とどめは、なんと最大の問題は、公共事業を実施するために官僚がよりどころとする法律に、中止や見直しを予定した条項がみあたらない12)のである。

 これでは、闇で、力ずくで、予算をとってしまえばあとはひたすらGO,GOというシステムだったのだ。


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V.結論
       
1.河川の現状と問題点
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 新河川法では、従来の「利水・治水」に「環境」が盛り込まれた。しかし、「自然征服の思想」をバックボーンにした近代西洋の河川工法を見直し、河川政策を転換させなければ、河川審議会の主旨は生かされない。先進諸国は近代の河川工法を見直し、河川政策の転換を進めているが、日本の建設省は内部から自己批判をうけながらも河川政策の方向転換を潔くできずにいる。コストパフォーマンスの悪い社会資本であるダム建設は、これからも根拠のない「渇水」を理由に進められるのだろうか。財政危機を迎え、政財界からも不必要な公共事業の見直しの声があがっている。それでもダム建設にストップがかけられない。
 それは、文献調査により明らかになったように、公共事業の根拠になる法律に、中止や見直しを予定した条項がないからである。


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2.自然をわたしたちの手にとりもどすための外堀

 どんなにおかしいと思われる公共事業も法律に基づいて計画され、実施される。つまり、現行のシステムにブレーキをもたせたいなら、法律を変えるしかないということになる。
 6月に成立した環境アセスメント法の基本的な考えは「開発で失う自然環境をできる限り小さく」という消極的なものにすぎない。しかも、意見は「環境」の観点に限られ、事業を見直すかどうかは官庁任せである。再アセスについても、実施するかどうかは事業官庁の判断である。12月5日に橋本首相が公共事業担当閣僚に、長期間にわたり効果をあげていない公共事業の見直しを行う「再評価システム」の導入を指示した。このようにアセスメント法を計画段階、あるいはすでに事業途中でも、問い直せるものにしていく必要がある。

 また、10月に明らかになった秋田県成瀬ダムでのアセス準備書のための調査にみる「ずさんさ」に対処するにはどうすればいいのだろう。事業者の意に合わせる体質を改めない限り、アセスは「形式的な手続き」にすぎない。やはり、「情報公開と市民によるチェック」が必要である。そうした市民の活動を保障するNPO法(市民活動促進法)も必要である。そこで、わたしは早急に、アセスメント法、情報公開法、NPO法の制定をと考える。

 また、所管の官庁は「建設省」ではなく「環境庁」にし、河川事業の計画、建設、管理、運営は地方自治体が責任をもつ方がいい。情報公開により「透明性」を増した地方行政に、市民の意見は反映され、地域の特性に合わせた河川事業が行われることになるだろう。
 そのためには地方分権、規制緩和、行政改革の視点も必要である。
 
 要するに、国民共有の財産である自然・川を「国家」から「わたしたち」の手に取り戻すことが大切である。



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3.川との共生と明日へのオルタナティブ

 「川は本来どうあるべきなのだろうか、わたしたちは川とどう関わるべきなのだろうか」という河川思想が今、わたしたち自身に問われているということだろう。わたしの理想とする川のあり方、川との関わり方を提案して、このレポートを終えたい。

 「水系一貫主義」という旧来の思想と制度では、川は蘇らない。水を河川流域だけでとらえるのではなく、水を生む「森」、水を運ぶ「河川」、水を戻す「海」を一体的に連続的にとらえるべきである。水は蒸発散と降水により、この地球上を循環し、その間にわたしたち生きものの命をはぐくむ。水がどれだけ供給されるかが、そこにどんな生物が存在できるかを決める。川や水を単に、経済的利益を優先し、人間の欲望を追求するものにすべきではない。

 川とかかわるとは、単に川と親しむという意味ではない。川は恵みをもたらすと同時に、洪水のように恐れを知らせるものである。この洪水といかに関わるかということが、川とつきあううえでもっとも重要なことである。日本の平野のほとんどは、洪水が運んだ土砂が堆積した沖積平野である。洪水がなければ、平野もわたしたちの暮らしの土台もありえなかったはずである。この洪水の二面性を忘れてはならない。それなのに、「恵みはほしい、しかし、洪水はいや」とわたしたちは川に矛盾したことを望んでこなかっただろうか。近代の土木技術はこのわがままをかなえた。三面コンクリート、ショートカット、ダムや堰、高い堤防、埋め立て等々、川の流れを変え、効率よく水を海へ押し流した。たしかに、洪水は減った。しかし、すでにみたように、川はその特性を大きく変え、新たな問題を生んだ。開発災害、予期せぬ未来への大洪水の危機、生態系への影響、水質汚濁、海岸浸食、河床の低下等々。近代の河川工法は自然を征服したかに見えたが、自然からたっぷりお返しもいただいた。

 川との共生とは、洪水もふくめた川とのかかわりである。自然の成り立ちを見極め、技術の限界をさとり、その中で川とつきあうことである。河道に治めきれない洪水を遊水池に氾濫させるという治水策も考えなければならない。表面的な平等主義にとらわれていてはできない。洪水を覚悟したとき、多自然型川づくりも生きてくる。水害防備林は川の自然性を高め、森と海を結ぶビオトープの回廊となり、景観もよくなる。

 ゆったりと悠久の時を大地に刻んできた川。人の生も死も黙ってみてきた川。人はほんの一瞬そこに恵みをいただく存在にすぎない。


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参考文献     −勉強させてもらったことに感謝をこめて

1) 世界大百科事典全24巻(平凡社,1988)
2) 大熊孝:「これまでの治水、これからの治水」,天野礼子編『21世紀の河 川思想』(共同通信社,1997)P104による。
3) 鷲見一夫:「『川殺しの世紀』から『川を回復する世紀』へ」,天野礼子   編『21世紀の河川思想』(共同通信社,1997)P245による。
4) 梅原猛:「川と日本人」『川の思想』(山と渓谷社,1994)
5) 公共事業チェック機構を実現する議員の会編『アメリカはなぜダム開発を やめたのか』(築地書館,1996)
6) 天野礼子:「編集ノート」,天野礼子編著『川からの贈り物』(東京書籍 ,1997)P151による。
7) 関正和:『大地の川』(草思社,1994)P13による。
8) リバーフロント整備センター編『まちと水辺に豊かな自然をV』(山海堂 ,1996)
9) 嶋津暉之:「21世紀の水利用のあり方」,天野礼子編『21世紀の河川思 想』(共同通信社,1997)P51による。
10) 五十嵐敬喜、小川明雄:『公共事業をどうするか』(岩波新書,1997) p200による。
11) 文献10,p58による。
12) 文献10,p97による。

°°°°°°°°°°

ムダなダムはやめよう!
土砂崩れが起こるのはダムがないからではないのだから
むしろ高度経済成長で
日本の林業が成り立たなくなって
山に入って山を守る人々がいなくなって
山が荒れたのが原因なのだから
今こそ
日本の山から川
川から海につながる命の流れを守ることが先決

都会の人も遊ぶなら
山の人に交じって間伐の手伝いをしよう
企業は環境に協力していますというなら
山の間伐材を使った産業を興そう
それができないなら
せめて間伐材で作られたパルプを使用しよう
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これを読んで反省
次回
時間があったら
もっとましなものを書かねば...

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2017/02/04 23:37

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コメント(22件)

内 容 ニックネーム/日時
サワガニも、蛍も見なくなりましたね。
そしてトンボも減っています。

確かに治水工事によって、千曲川の洪水はなくなりました。
それは必要なことだとおもいます。

それが巨大プロジェクトでないとが潤わない。
地元住民でなく、地元業者、そしてその上のゼネコン・・・

ダムも本当に必要かどうか、
八ヶ岳のとある谷は私が良く沢登りに通いました。
あるとき今までなかった所に高さ10メートルの砂防ダムが出来ました。
そして一年後、そのダムは砂防ダムに溜まっていたのは水ではなくて土砂でダムの上は河原になっていました。

山の中の清流の美しさに比べて、町を流れる川は醜い面を持っています。
特にコンクリートで固められたて川はかわいそうです。

川との共存大切なことだとおもいます。
オコジョ
2009/09/19 08:04
おはようございます。

ののはなさんは、
学者さんなんですね。
すごいです。

私のような ただの主婦は
おかしいな、と感じていても、
そのままにし、井戸端会議はしても、
公に声を上げることは
ありません。
世の中 変えていくには、
行動が全てですよね。

今の現実を先読みして、
このレポートを書かれた。
その真摯な姿に
頭が下がります。
無駄なダム、
今まさに、大問題ですよね。
公共工事に頼ることで、
景気を上げようという時代は
終わったのでしょうか。
きらり
2009/09/19 08:09
お恥ずかしいですが、川についてほとんど認識・問題意識のなかった私です。すでに12年前にこんなすばらしいレポートを書かれていたんですね!
しかし、阪神淡路大震災を経験し、その後各地の恐ろしい水害を見るにつけ、いままで、自然との共存の認識を持たなかった、いや、忘れてしまった日本人の戦後の経済至上主義のありかたが、過度なダム建設や開発を進めていったのだろうと思います。これは川のみでなく私たち人間ですら開発汚染されたのでしょう。川も人間も生きているんですものね。またひとつ認識を新たにしました。


m's garden
2009/09/19 08:19
昔の人は水をもっと大切にあつかっていました。自然に畏れをいだき川を大事にしていました。いつからか自然を克服するという不遜な考え方があらわれ川が荒れてしまいました。もう限界です。これから川を含めた自然をどう再生していくか真剣に考えなければなりませんね。
森の生活
2009/09/19 09:06
こんにちは♪
経済優先の政策は美しいもの、人にとって必要なものまで破壊してしまう現実に恐れを感じてしまうコケ魔女です
旅をしていて「わあ、素晴らしい風景!」と歓声の声を張り上げた横にダム予定地などの看板がかかっていたり。。
実際に我々が必要な電力、水力とは関係無く進んでしまったこんな政策ばかりの日本。儲けているのはどこのどいつだ(笑)
もっと自然を大切にして欲しい
その一方で汚れてしまった川をもとに戻す作業が住民の手によって行われ、かなりの成果を挙げている
馬鹿馬鹿しい話だと思わずにいられません
もっと怒れ!国民。しわ寄せはみんな最終的には地球破壊、人間破壊につうじるものですね
この矛盾をどうして気がつかないのだろうと怒っている私です
素適な川の風景写真にホッとさせられ、怒りを爆発でした!
コケ魔女
2009/09/19 15:58
今晩は
川との共生と明日へのオルタナティブ、川はどうあるべきか考えるときが来たようですね。昔の自然のままの時は田圃にもメダカやエビが育っていたのに今は皆無。灌漑よう水路から自由に出入りできていたのに今は痕組リートで固めらりれ自然の生物たちが激減してしまいました。無駄なダムを造るより無駄な道路を造るより人間が荒らしたもの全てを自然に戻せたらいいと思います。ゆったりと悠久の時を大地に刻んできた川。人の生も死も黙ってみてきた川。人はほんの一瞬そこに恵みをいただく存在にすぎない。と書かれていましたが私も同感です。
chiharu
2009/09/19 17:35
こんばんは。
同じ「ののはな」でも、
こちらは内容の濃いリポートですね。
野の花
2009/09/19 20:29
◇オコジョさん♪
昔よりサワガニ、蛍がいなくなって、トンボも減っているのですね。

治水工事は必要ですね。だからといって何もかもお任せしていいわけではないってようやくわたしにもわかるようになりました。たぶん、不正な巨額のお金が動いているのでしょうね。

わたしも富山県でよくあちこちの山歩きをした頃、山の中なのになぜこんな立派な道路が必要なのって思えるような道にあいました。と思ったらその道は山の中で突然終わっていた。公共事業は本当に必要なことをやるべきですね。中央と地元の一部の利権が絡むとろくなことはない。富山県も長い間、県知事の椅子は東京からの人の天下り先でした。

砂防ダムの話。すっごく納得できます。わたしも山で何度もそんな光景をみせられました。自然はそんななまちょろいものではないのです。だから本当に山を知っている人々を大切にしなければならなかったのです。もうそんな人々の多くは死んでしまいましたね。あるいは高齢化。

自浄作用のない川は臭くてひどいもの。1980年代にそういった都会の川はほとんどが暗渠にされました。まさに臭い物には蓋をしろ(笑)。で、今近くで小さな小川の流れを目にすることは滅多にありません。だから長野に行ったとき、五稜郭の側の小さな流れにほっとしてカメラを向けたのです。
都会の子どもは小川で小鮒なんて捕れることを知りません。わたしは1990年代に生徒たちによく川のことでアンケートを取りました。文化祭で結果を張り出して、川に興味を持ってもらいたくて...でも実際小川がひとつでいい、あればな〜その川に入ってじゃぶじゃぶ遊べたら...

ののはな
2009/09/19 22:46
◇きらりさん♪
まあ、普通の人ですよ。ただあの頃はフィールドに出ることができなかったので、図書館の担当でもあり、文献調査をすることが最適だったのです。

そうですね。先日来のTVでの公開討論の時には間に合わなかったけれど、意見はNHKに送っておきました。そういう事が大切だと思っています。世論が世の中を変えるのですから。生徒たちにそういう話をするととても喜びます。世の中に不満や疑問を持ったときにどうしたらいいかを教えておくってとっても大切だと思います。勉強だけやって、規範意識を育ててこなかった大学生の薬物問題を先日TVでやってましたが。なぜ中学校であのような無意味な校則で生徒をがんじがらめにして、校則なんて見つからなければいいんだ、って人間を作らせるのでしょう。わたしは無意味な校則が規範意識をきちんと育てることの邪魔をしていると思っています。
ちょっとずれましたが、ここも声を大にして言いたいことです。

必要のない公共事業ではなく、本当に必要な公共事業をやるべきだと思っていますが。それこそ、山が荒れている現状を放置していたらまたまたあちこちで必ず被害が起こる。なぜ山をみんなのものとして人の手を入れ、ちゃんとした緑の山にしないのでしょうか。間伐して手入れすれば元気な木が育ち雑木林に戻せば、杉花粉も減り、CO2も削減される。いいことづくめですよ。そうやって雇用も生み出せる。新政府に期待したいですね。山を国有林にして、きちんと管理すべきです。山を守ることってどういうことか、こんどきちんと書きたいって思います。
読んでくださって、コメント下さってありがとう!
ののはな
2009/09/19 23:00
◇m's gardenさん♪
いえいえ、たぶん、ほとんどの方がそうなんだと思います。
>阪神淡路大震災を経験し、その後各地の恐ろしい水害を見るにつけ、
>いままで、自然との共存の認識を持たなかった、
>いや、忘れてしまった日本人の戦後の経済至上主義のありかたが、
>過度なダム建設や開発を進めていったのだろうと思います
そうですね。日本の国をここまで荒廃させたのは、その経済至上主義なのかもしれませんね。ここまで産業の空洞化を進め、日本に雇用の場所がなくなり、失業者が増え、閉塞感でいっぱいになり...富める者と貧しい者の差が大きくなったのは。
そうなんです。川が変わることで私たちの意識が大きく変わってしまったのです。だからすぐ昔には戻れないのですね。
それでもなんとかしなければ、次の被害がやってくる。
ののはな
2009/09/19 23:07
私の住んでいるところから近いこともあって山梨県の山道を通ることが多いのですがそこは以前からの土建大国。神奈川から山梨に入ったとたんに道路が立派になります。車のあまり通らないようなところまできれいになっていて、いつも驚きます。
都議会でも石原都知事と八ツ場ダムのことで民主党の議員と質疑がされていうようです。日本中でまだまだたくさんのダム計画が公共事業として考えられているようですが、いったん人工的になってしまうと元の自然に戻すことはとても困難になりますから、今しっかり見直してもらいたいです。
私達もつい便利に走りがちですけど・・・改めたいですね。。
komichi
2009/09/20 00:12
自然を克服するという考えに立った治水技術が日本に導入されたのは、明治のこと。それもだいぶ終わりになってからではないか。足尾銅山鉱毒事件で有名な谷中村は、渡良瀬川の氾濫原・遊水地にありました。そう、遊水地です。明治初年までに日本の伝統的な治水技術は、洪水は防ぎようがないし、洪水は田畑に(そして海に豊かな)栄養をもたらしてくれるものなので、被害を最小限に食い止めるという方法。だから堤防は土の堤で洪水ですぐ崩れますが、河川敷がすごく広く、その周りに広い遊水地を持ち、さらに周りに広い氾濫原があるのが一般的でした。河川敷や遊水地、氾濫原であふれ出した水を受け止めるという考えですね。足尾の鉱毒事件が深刻になったのが、明治22年ごろの話し。すでに栃木県に解決のための陳情が行われ、同じく陳情を受けた農商務省も東大の学者に調査させ、原因を正しく突き止めていました。そして谷中の農民が農商務省を包囲する大陳情をやったのが明治27年。このころにはまだ全国の大河川には、今のようなコンクリートの大堤防はなく、土の堤で広い河川敷や遊水地があり、回りには氾濫原が広がっていたのです。僕の家の近くの多摩川にコンクリートの大堤防が出来、河川敷が今のようにコンクリートの大堤防の中の狭い地域に狭められたのは昭和の初年から大戦前のことです。それまでは江戸時代以来、堤防は何列にも縦横に配置され、水の勢いを削ぐ構造になっていました。その堤防列の間にある田畑は、洪水の時には水が充満する氾濫原。村や町は、この堤防列の外側にしかありませんでした。全国の大河川について治水法の歴史を調べると、ヨーロッパ近代式の治水方法の全国的な広がりの歴史が分ると思います。
コアラ
2009/09/20 12:23
◇森の生活さん♪
全くその通りですよね。
>自然に畏れをいだき川を大事にしていました。
>いつからか自然を克服するという不遜な考え方
>があらわれ川が荒れてしまいました
コアラさんが答えておられますが、こうした自然を克服するという思想と治水技術が日本に導入されたのは明治の終わり頃らしいですね。森の生活さんの暮らしておられるところの森では具体的にどのような問題があるのでしょうか。教えていただけたら大変うれしいです。
コアラさんがアドバイスしている「全国にある一級河川の治水方の歴史を調べる」のがいいのでしょうね。やるべきことがいっぱいある中でまた自分のこれからの課題が生まれるのはうれしいです。
日本のように自国で水の発生場所から水が流れ落ちる海までをすべて持っている国って珍しいのだから、それだけに自分だけの考えに陥らずに、一番いい方法を政府は模索していってもらいたいですね。
ののはな
2009/09/20 23:44
◇コケ魔女さん♪
こんばんは。
>経済優先の政策は、美しいもの、
>人にとって必要なものまで破壊してしまう
そうですよね。金を生まないものを無価値としてしまったところに現代の悲劇がありますね。
>旅をしていて「わあ、素晴らしい風景!」と
>歓声の声を張り上げた横にダム予定地...
ほんと悲しいですね。日本の良さをなぜここまで失ったのか。
これからは観光地として日本を再発見しなければいけませんよね。
「美しい日本」とか誰かさんが言ってましたが、空々しく聞こえました。日本の林業と農業を守らなかった。それがひいては国土を国民を疲弊させた。
>実際に我々が必要な電力、水力とは関係無く
>進んでしまったこんな政策ばかりの日本。
>儲けているのはどこのどいつだ(笑)
ほんと、儲けている人たちがいるのですよ。だからこんなに経済格差が生じたのですね。自分たちが儲かるように政策を決めていたのですから。我が亡き後に洪水は来たれとばかりに自分さえよければいいと、悪の限りを尽くしていい思いをして死んでいった人たちに恨みを言いたい。環境は一代のものではない。未来の人たちにも残すべき。
>その一方で汚れてしまった川をもとに戻す作業が
>住民の手によって行われ、かなりの成果を挙げている
谷津干潟もそうですよね。一人の青年が、ゴミが捨てられ汚れっちまっていた干潟を、自分の手でこつこつきれいにしていったのですよね。
>この矛盾をどうして気がつかないのだろうと怒って..
>素適な川の風景写真にホッとさせられ、怒りを爆発
そうです!!ほんと、いままでわたしはきれいなものを見つけるのにやっきとなっていましたが、時には現実をきちんと捉える写真を撮らなければって反省しました。ありがとう!コケ魔女さん!
ののはな
2009/09/21 00:01
◇chiharuさん♪
>昔の自然のままの時は田圃にもメダカやエビが育っていたのに今は皆無。灌漑よう水路から自由に出入りできていたのに今は痕組リートで固めらりれ自然の生物たちが激減してしまいました。

福島の方もやはりそうですか。農薬に負けないスパー植物が現れたとかTVで放送していましたが、自然の逆襲ですね。

>無駄なダムを造るより無駄な道路を造るより人間が荒らしたもの全てを自然に戻せたらいいと思います。

ほんとそうしたことで、公共事業をやればいいですね。
日本をみんながもう一度住みたくなるようないい国にしたいですね。
同感していただきうれしいです。硬くて何を書いているかよくわからない文章をよく読んでいただきました。ありがとう!
ののはな
2009/09/21 00:07
◇野の花さん♪
同じお名前なんですね。野の花がお好きなんですね。それを上手に茶花になさっておられますね。わたしは今日、益子に行って野の花の良さを十分に引き出す花器があれば...と思って行ったのですが、時間がなくて探せませんでした。とりあえず手近なコップやポットも利用して...いつか写真を撮ってアップしたいなって思いました。自然を守るには自然の良さを知ることが第一歩ですものね。
ののはな
2009/09/21 00:11
◇komichiさん♪
おはようございます!
komichiさんのところからは山梨県は県境になるのでしょうか。とすれば神奈川県と山梨県の行政の違いがよくわかるでしょうね。土建大国ですか。誰が一番潤うのでしょうね。

>都議会でも石原都知事と八ツ場ダムのことで
>民主党の議員と質疑がされていうようです。

そうでしょうね。しかし青島都知事が開発を進めていて、石原知事になって開発を中止したときは保障など彼はしませんでしたね。ちょっと民主党への嫌がらせって思えたりしますね。
時にはすごくいいことをいう石原都知事なんですがね...先日も新聞に「温室ガス25%削減逆立ちしてでも実現していかないと子どもや孫が救われない問題」って発言してましたね。ジーゼル車規制も大気汚染の裁判でも和解にもっていくなど、ときにはあの強引さでかえっていいこともありますが。本質的に彼は右翼的な発想を持っているので怖いですね。
日本の治水のあり方、日本の経済や環境のあり方全体をよ〜く見据えた思想がないと、あっちをよくすればこっちがまずいとなりますね。
komichiさんのご子息さんたちのご活躍応援したいですね。
ののはな
2009/09/21 12:25
◇コアラさん♪
お久しぶりです。24日からの写真展を控えお忙しいことでしょう。でも楽しみですね。
>明治初年までの日本の伝統的な治水技術は、
>洪水は防ぎようがないし、洪水は田畑に
>(海にも..)栄養をもたらしてくれるもの
>被害を最小限に食い止めるという方法。
>堤防は土の堤で洪水ですぐ崩れますが、
>河川敷がすごく広く、その周りに広い遊水地を持ち
>さらに周りに広い氾濫原があるのが一般的
>河川敷や遊水地、氾濫原であふれ出した水を受け止めるという考え

そうですね。土地がたっぷりあるならばこれが一番理想的ですね。
動物も過密になるとなにかとトラブルが起こる
人も同じ。繁栄といいますが、ほんとうは増えすぎるとなにかと問題なのですよね。文明が栄えるってほんとうはどういう事なのだろうって、考え込んでしまいますね。今、上橋菜穂子さんの「獣の奏者 探求編」を読んでいて、「残った人々の記」の一節に「闘蛇増えれば、国広がり、人おのずから増える。これぞ崩壊の始まりと祖父は言ふ。...天燃の理を越えたる大きな群れを、災い起こさず治める知恵など、いまだ人は持たず。哀しきかな!」と。

>足尾の鉱毒事件が深刻になったのが、明治22年ごろ
>谷中の農民が農商務省を包囲する大陳情をやったのが明治27年
たしかに...
>僕の家の近くの多摩川にコンクリートの大堤防が出来、
>河川敷が今のようにコンクリートの大堤防の中の
>狭い地域に狭められたのは昭和の初年から大戦前
>江戸時代以来、堤防は何列にも縦横に配置され、
>水の勢いを削ぐ構造に
>その堤防列の間にある田畑は、
>洪水の時には水が充満する氾濫原
>村や町は、この堤防列の外側にしか
渡良瀬川と同じですね。...続く
ののはな
2009/09/21 13:33
◇コアラさん♪...2
足尾銅山のこと思い出しました。

栃木県中禅寺湖の南の山を源とする渡良瀬川は足尾山の北の谷を流れ、関東北部の平野を潤して利根川に合流する川ですね。恵み豊かなこの川は沿岸に2千数百軒もの漁師を潤し、時々氾濫しては、山岳の枯れ枝、腐葉土を下流にもたらし、5〜20cmも堆積し、天然の肥料となり農地を潤し、川や沢にもいちじるしく魚が増えることになった。カムイ伝を読んでいると、そんなダイナミズムに大自然の前に感服しますね。だから沿岸の人々は洪水は嫌だけれど、この洪水がもたらす潤いも知っていた。
その川に1879年(明治12年)おびただしい魚が白い腹をみせて浮いたのですね。洪水がおいていった土を耕すと、手が荒れ、草も生えなくなった。足尾銅山がそのせいではないかと人々が気づきはじめたのですね。明治23年の洪水は特にひどく、栃木県の沿岸の漁業は寂れ、農作物は枯れ、家畜も倒れ、人の健康も蝕まれていったのですね。
時の政府は世論に押され、谷中村に一大貯水池をつくり、問題を回避しようとしたのですね。田中正造は共生立ち退きされる谷中村復興に力を入れたけれど、1913年(大正2年)に亡くなりましたね。1975年に足尾銅山は閉山し、離散した谷中村の人々は帰郷しましたが、鉱毒問題は未だ解決されているわけではないですね。1980年のはじめに宇井純先生たちと足尾銅山の跡地を見学しましたが、山は無惨なものでした。そこで働かされていた人々の住居跡もなく、草が茫茫と...
はあ、ごめんなさい。ここまで回想してしまって。わたしの悪い性格です。分裂病ではないかという人もいますが、連想が連想を呼んで..
ののはな
2009/09/21 13:35
◇コアラさん♪...3

>僕の家の近くの多摩川にコンクリートの大堤防が出来、
>河川敷が今のようにコンクリートの大堤防の中の
>狭い地域に狭められたのは昭和の初年から大戦前
>江戸時代以来、堤防は何列にも縦横に配置され、
>水の勢いを削ぐ構造に
>その堤防列の間にある田畑は、
>洪水の時には水が充満する氾濫原
>村や町は、この堤防列の外側にしか
渡良瀬川と同じですね。

>全国の大河川について治水法の歴史を調べると、
>ヨーロッパ近代式の治水方法の全国的な広がりの歴史が


そうですね。俄然なにかやる気が起きてきました。
やはりあの頃の気持ちに戻って、ひとつひとつの川の歴史を調べてみようかなって気持ちになりました。ありがとうございます! 
ののはな
2009/09/21 13:36
考えさせられる記事です。
私の県も造らなくても良い「徳山ダム」が完成し、昨年から放水されています。
このため村人は故郷を追われ新天地へと。。

そして長良川は河口堰ができたため、鮎も遡上せず。
本来の自然が人の手により破壊され、利便性ばかり先取りする日本。
今後、どのようになるのでしょうか不安ですね。
ハーモニー
2009/09/21 22:03
◇ハーモニーさん♪
徳山ダムとうとう完成してしまったのですか。
HPを立ち上げた頃、徳山ダムに反対されている方からコンタクトがあって
関心を寄せていたのですが...HPをたちあげるのに労力を使いすぎて、翌年病気になりました。むかしはいちいちアルファベットを打ち込んでいたので、英語が苦手なわたしはよく綴り間違いをして...腱鞘炎から変形性頸椎症、頚肩腕症候群に..
村の方が故郷を追われて...ですか。その方はお寺の方でしたね。どうされているのかしら。
>長良川は河口堰ができたため、鮎も遡上せず
そうですね。わたしが伺った頃はとてもいい川でした。町の中には子どもたちが飛び降りる橋もありましたね。山をバックに長良川をスケッチしました。ほんとうに気持ちのいい河原でしたね。
>本来の自然が人の手により破壊され、
>利便性ばかり先取りする日本。
>今後、どのようになるのでしょうか不安ですね。
このまま自然を破壊し尽くしたら、災害はもっと大きくなるでしょうね。とにかく自然との共生の道を探らなければいけませんね。そしてその地域その地域で他からは見えない現実を発信していくことでしょうね。ささやかなそうした人の力も侮れません。
ののはな
2009/09/22 13:25

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