静音の小径

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help リーダーに追加 RSS 辺野古の海からの声

<<   作成日時 : 2009/11/24 00:13   >>

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まずお断り
これはわたしの写真ではありません


フォトグラファー山本英夫さんの絵葉書
「沖縄・辺野古 ”生きている”って伝えたい」から

そう今日
友人から届いた

この海が

米軍基地が建設されようとしている辺野古



....鮮やかなコバルトブルーに輝くサンゴ礁の海はありません
....生き物たちの世界です
....クロサギがそろりそろりと小魚を狙っています
....潮の干潟は、泥をかきあげ、いくつもの紋をつくる
....紋は小さな波を撹拌死、水中に酸素をおくる
....こうして土中に棲むゴカイやカニの住処の穴に酸素をおくる


画像画像















辺野古は那覇から北へ約70km、名護市の東海岸の一角
ここは海草を食べて生きるジュゴンが生息できる北限
その海を2010年にも埋め立てが強行されようとしている

5年ほど前から
この地に米軍基地をという動きが始まり
地元の人々は反対運動を始めたという

ここを埋め立て
コンクリートで固め
戦場への出撃拠点にするという

そんなこと
誰が考えても恐ろしいこと

この写真を撮った山本さんは
1967年
東京湾江戸川河口の「新浜」を守る運動をした
野鳥の渡来棲息地だからだ
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あの時代
日本は公害列島だった
開発一辺倒の時代に山本さんは
新浜を守る運動をはじめた
その運動は
その後の海辺の自然保護運動の先鞭になった


山本さんは
1989年から沖縄通いをはじめた
沖縄には在日米軍の75%がある

防衛省は
陸上自衛隊に
沖縄での
米軍演習場での訓練を開始させ
来年には
自衛隊の沖縄駐留部隊の増強を図っている

この現実はたしかに見逃すことはできない




関連して、10月29日の新聞の投書から
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**米の圧力に負けないで**
        木村正英
ゲーツ米国防長官と話した後
岡田外相が普天間飛行場の移設について
「県外移設考えられぬ」と述べた。
一体対外外交の主張はどこへ行ったのか。
沖縄の民意尊重・負担軽減はどこへ行ったのか。
 
危険な普天間飛行場は
1945年4月に
米軍が同地域制圧と同時に接収した占領地だ。
戦後64年も経過したのだから
無条件で閉鎖・返還させるのが筋だ。
 
辺野古沿岸への基地建設の青写真を
60年代に米軍が用意していたことを考えれば
普天間を口実に今後
半世紀以上使う米軍基地を
われわれの税金で造らせようとしている
米軍の魂胆は明らかだ。
 
ジュゴンやサンゴを絶滅させては世界の笑いものになる。
今、鳩山政権が実施すべきことは
密約調査など過去の政権の日米外交を総括し
新たな対米平等外交を追求することだ。
「2プラス2」で決められた米軍再編も
日米安保条約も見直すべきである。




**主体性ある日米外交を**

     森 紀子
画像

テレビで
北沢防衛相とゲーツ米国防長官の共同記者会見を見て
「日本は米国の植民地?」と驚いた。
日本政府および日本人を見下した横柄な態度と
脅し同然の発言内容だった。

普天間飛行場移設問題にしても
アフガン支援策にしても
核持ち込み密約にしても
日本の政権交代や
日本政府の主体性などまったく眼中にない様子で
「米国に満足するやり方に従え。
それができないなら在沖海兵隊のグアム移転も土地返還もない」
などと、脅しをかけている。
画像
戦後60数年間
米国の言いなりになって従ってきた自民党政権のつけが
ゲーツ氏の日本人蔑視の態度に表れているのだろう。
そして、沖縄県に在日米軍基地の75%を
押しつけてきた戦後日本の歴史のつけが
ゲーツ氏の態度に表れているのだ。

自民党政権の二の舞にならないよう
民主党政権の主体的で
したたかな対外外交に期待したい。


画像


たしかにそうだなって思う
今宵の月のように鋭利な感性をもって
ことをきちんと見つめていきたいと思う

国民が今ほど
政治に関心を寄せているときはない

アメリカに対してどうすれば
対等な関係性が築けるのだろうか

月を見ながら思う
みな同じものをみても
それぞれの立場で見ているものが異なる

どうすればいいのだろうか










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コメント(24件)

内 容 ニックネーム/日時
日米地位協定による様々な弊害が、今なお色濃く残る沖縄ですね
つい先日にあったひき逃げ事件だって・・
どうして、そこまでアメリカの言いなりにならなきゃいけないんでしょうか
でも、アメリカの事を堂々と批判した政治家さんに目に見えない圧力も加わることが、今なおあると聞いたことありますよ・・
日本は独立国の筈なのに・・

この辺野古の埋め立ての事は本当に許されるものでは無いですね
綺麗な海を綺麗なままに残したいと何故言えないんでしょう
日本は日本でやっていきますと何故言えないんでしょう・・
風子
2009/11/24 09:33
今晩は
こんなに綺麗な海や此処にしかいない生物などもいると思いますが基地移転でこの素晴らしい自然環境が破壊されてしまいます。フィリッピンのように毅然とした態度で米軍駐留拒否が出はないものなのでしょうか。やはり野党時代の沖縄県民を思いやった発言は政権党になると変更されるようなとがあってはならないと思います。
chiharu
2009/11/24 19:07
本題と外れるかもしれませんが・・・

昭和27年浅間山麓に米軍演習地を作ると地元紙の信濃毎日新聞が報道します。
軽井沢町長など、町の要職たちが、外務省に浅間山麓に米軍の演習地を作って欲しいという陳情書を提出したことが端。議会も通さない独断でした。

結果、「日米行政行政協定合同委員会覚書

浅間山の1400メートル以上と妙義山を米軍の”冬期戦学校”と
して、無期限に使用する。」となります。

当時、米軍のキャンプは国内に750か所、軍に反対などもってのほか・・・

しかし、浅間山麓の開拓団の集落が反対、続き、山麓の人々が反対同盟を締結しムシロ旗を掲げて決起集会を開きます。
その運動は長野県全域に広がります。
昭和28年6月7日、反対の県民大会、保守党の県会議員も、東大等の学者、労働組合幹部、労働者、農民・・・
今は小諸名誉市民で、期成同盟代表の故小山邦太郎の「雨降らば降れ、風吹かば吹け、ひとたびわれわれが浅間山が、接収反対を声明した以上、いかなる困難、いかなる圧迫が前途に横たわろうとも、断固として、これをふみにじって進む」と
軽井沢中学体育館は5000人で埋め尽し誰も座れなかったそうです。延々3時間、最後は信濃の国の大合唱・・・

官も民もなく、右も左もなく、長野県のシンボル」を守る全県一致・・・

米軍も「東大地震研究所との合同研究の結果、演習は地震研究の障害と・・」理由をつけて撤退。
米軍にここまで、徹底的に対抗したことは驚きです。

おかげで浅間山の素敵な自然は今に残されています。

反対運動した人々に感謝です。


しかし、その後も、長野県には米軍の演習地はつくられません。

今沖縄の米軍基地は日本の75%・・・

ひとりひとりは小さくても、声を上げるということは大切なのかもしれません。
オコジョ
2009/11/24 19:30
◇風子さん♪
沖縄って本土の人は、昔は、日本と思っていなかったのではないかしら。だから戦争中にあんな悲劇が起こって、まずは本土の盾とした。で、戦後はアメリカに売った。
>アメリカの事を堂々と批判した政治家さんに
>目に見えない圧力も加わることが
>今なおあると聞いたことありますよ・・日本は独立国の筈なのに・・

本当ですか。いや〜ですね。アメリカのような姿勢を大国主義って言うのですよね。自分たちにだけ正義があるって思っている。広島に原爆を落とさなくても日本は敗戦したのですよ。なのに、戦後に有利になりたくて、またどうしても原爆の威力を実験してみたくて...2カ所にも原爆を落とした。それがどういう事なのか、まだわかっていないようですね。だから幼稚な北朝鮮は、核をアメリカは持っているのに自分たちが持つとなぜ悪いっていうのかとなるのですね。今世界にある核は地球を何十回も滅ぼせるほどあるのでしょうね。持ってはいけないものでしたね。平和利用なんて信じていません。原発だって怖い。30年前に東海村に、20年前に柏原発に見学しましたが、恐ろしかった。炉心の上に立ったとき震えが来ました。どんなに安全って言われても、今地震が起きたら?機械ですもの、いつか故障するはず。どうやって補修のするの?誰がやるの?ロボットがやるの?そんなわけない。まずは一番危険な現場には孫請けみたいなところに派遣で回された人が行かされ、何かあったら捨てられる。そして原発自身も大きな年前年も半減期にならない粗大ゴミになる。どうか、大国と思っているなら、本当にまずは米国からいいお手本見せてよね。ですね。でないと私たち安穏とブログにはまってらんないよ(笑)。
ののはな
2009/11/24 22:32
学生時代、沖縄に織物や染物の研究に行ったことがありますが、当時は同じ日本でありながらパスポートが必要でした。あれからもう何十年の歳月ですが根にある問題は何も変わっていないような気がします。
イエスorノーだけではないしたたかな外交戦術を駆使して渡り合ってもらいたいものです。沖縄に基地を押し付けているのはアメリカだけではなくて、私達の問題でもあるのかもしれません。。
komichi
2009/11/24 22:40
◇chiharuさん♪
ほんとここにしかいない稀少な生き物たちがいるのです。驕り高ぶった人間は自分たちのことしか考えていないけれど、そうした自然を守ることが回り回って自分たちを守ることになる。
日本は今、明治維新以来の革命が起きたのだから、国民も覚悟を決めるから(これはほんとの痛み分け)...正論を吐こうよ。自民党時代にどんな密約があったとしても私たちは知らないのだから、騙された裏切り者、売国奴って叫んで、これからはこの路線でやっていくって宣言できないものでしょうか。民主党もお行儀がよく、物わかりがいいですね。それじゃいけないって思うけれど。マスコミも相も変わらず、政権を取った人の悪探しをしてないで、それじゃ以前と同じだよね。もっと応援すべきは応援して仕事しやすくしてあげようよ。友愛の意味を民主党でもっと議論して、共有化してよね。
ののはな
2009/11/24 22:42
◇オコジョさん♪
信州っておもしろいところだとは思っていましたが、とてもいいお話聞かせていただきました。
>浅間山の1400メートル以上と妙義山を
>米軍の”冬期戦学校”として、無期限に使用する
すごいことが、昭和27年に「日米行政行政協定合同委員会覚書」で決まられたのですね。

>浅間山麓の開拓団の集落が反対
>山麓の人々が反対同盟を締結しムシロ旗を掲げて決起集会を
>その運動は長野県全域に広がり
>昭和28年6月7日、反対の県民大会
>保守党の県会議員も、東大等の学者、労働組合幹部、労働者、農民・・

すばらしい!
こうした人々のお陰で浅間山が守られたのですね。

小山邦太郎氏の
>雨降らば降れ、風吹かば吹け
>ひとたびわれわれが浅間山が、接収反対を声明した以上
>いかなる困難、いかなる圧迫が前途に横たわろうとも
>断固として、これをふみにじって進む
という言葉に勇気がわきますね。

>ひとりひとりは小さくても、
>声を上げるということは大切なのかもしれません。
ほんとうにそうですね。
こんな風に自分の考えを投書される勇気ある方たちの行動も、そうしたことなのですね。オコジョさんが地道にご自分の故郷を愛してブログに記事を書き続けられる行為もそうですね。みんなが守って来た日本、これからもどんな小さな行為でもいい、守り続けるために何ができるか考え、時に行動を起こしていくべきですね。
ののはな
2009/11/24 22:53
◇komichiさん♪
そうですね。まさにわたしたちの問題ですね。
沖縄にパスポートですか。そうですね。日本に返還されたのはわたしが教師になった翌年でした。中3の担任で、道徳の時間にオキナワを取り上げた授業をして、即校長室に呼び出されました。組合の人たちは、組合の方針でわたしがやったのではなく、自分の考えでやったのだからとだれも援護射撃はしてくれませんでした。それ以来、わたしは組織って組織からの下達のものしか守らないのだと知りました。で、わたしはいつも自分で考えて、自分で自分を守れる範囲でしか行動しませんでした。だから納得のいかないことには行動ができなくて、よく同僚には「あなたのは単なる教養」って嫌みを言われましたが。で、オキナワの問題は本土の人間として恥部だなって思っています。
アイヌの問題とオキナワの問題には目をつむって生きてきた...
80年代のはじめ、友人と沖縄に行く約束だった。でもわたしが3番目の子を身ごもり、緊急入院となり、友人は一人で旅立った。そして今もこうして活動している。えらいなって思う。で、ささやかにブログに載せた。
komichiさん、難しいですね〜。時々どうやって...って悩みます。
ののはな
2009/11/24 23:07
私は終戦で逃げなくともよい、空いていたお腹も
アメリカさんのララ物資がありがたかったです。
アメリカさんが上陸して来た時、母にアイキャノット、スピークイングリッシュと言って逃げよ。
と教わりましたが、何事もありませんでした。
負けて首でも切られると思いましたが・・・
敗戦の負い目を沖縄だけが担ってる感じですね。
なんで戦争始めたのか教えて下さい。
気持ち玉有難うございました。
ハッピー
2009/11/25 08:27
きれいな景色は何者にも変えがたい
神々しく有難いものです
しかし、お国が決めることは慎重に
よく考えて行動しないとなりません
何事も正義が100%とはならないからです
難しい問題だと思います(#^.^#)
千水
2009/11/25 10:31
ののはなさん、こんにちは
素敵な、絵葉書ですね。
こんな素晴らしい自然を壊して、埋め立てて米軍基地を建設するなんて、ほんと恐ろしいことですね。
戦後何十年経っても、沖縄に米軍基地を置くこと(置いていること)、国民一人ひとりが、しっかりと考えないといけないですね。
>みな同じものをみても
>それぞれの立場で見ているものが異なる
>どうすればいいのだろうか
ほんと、いろんな問題に直面する度に考えさせれらます。

余談ですが
南沙織さんが、今から何十年か前に、「ロッテ歌のアルバム」というお昼の番組に初出演したときに、パスポートを使って来ました、と言った言葉が「同じ日本なのに?」って、子供心にスゴク印象的でしたね。
kirari
2009/11/25 11:25
 日本人の心の奥底には、沖縄人に対する差別意識がまだ存在しています。もともと沖縄は日本ではありません。琉球という独立国。そこを武力で支配下に置いたのが薩摩藩。これは江戸時代の初め。秀吉の朝鮮侵略で中国との国交が切れて貿易できない中で、琉球を支配下において、琉球の名目で貿易をしようと、幕府と薩摩の合意で行われたこと。そして決定的に琉球を武力で日本に併合し、沖縄県と命名したのが明治政府。沖縄は近代日本最初の植民地ですよ。だからここに日本人が多数侵出し、沖縄の人は日本の産業を近代化させるための労働力として多数京浜地区や阪神地区に移住した。でも下宿募集の札に「朝鮮人と沖縄人お断り」と書かれたように、日本人は沖縄人を差別。だから沖縄の人たちは朝鮮人と同様に、同じ沖縄の人だけで部落を作って住むこととなった。それは今も同じ。
 また多くの沖縄人がハワイなどに移民した事情も同じ。
 沖縄は日本じゃないから、本土決戦の前哨戦として住民総出でアメリカ軍と戦わした。そして敗戦の後、米軍占領に任せ、日本の独立後も米軍が居座ることに政府は合意した。さらに今でも沖縄が自立的に発展する道を閉ざし、住民の要求も無視して米軍を居座らせ続けている。本土で米軍基地反対運動が激しければ政府もこれを認めるが、沖縄の反対運動は無視し続けられた。
 これは明治維新以来の伝統。沖縄はいまだに日本の「内国植民地」。ここは日本が武力占領した外国という意識は、政治家も含めた日本人の心の奥底にありますね。だから時々保守右派の政治家から「日本は単一民族」という言葉が出てきて、植民地とされた琉球とアイヌが無視される。
 今回の政権交代を「明治維新以来の革命」にできるかどうかは、ひとえに国民一人一人の肩に掛かっています。様々な問題が出てくる中でそれを同判断するか。政府ではなくて国民の判断が問われています。
コアラ
2009/11/25 13:01
こんにちは♪
子供の学友に沖縄の子が何人もいます。。
住民にとってどんなに基地があることが大変なことかを聞かされます
沖縄の歴史の中にに戦争が無かったことが無いというのは不幸なことですね
体験学習で沖縄に行った子供たちは、そこで何が起きたかを知り、基地の騒音がどれほどかを体感し、沖縄に暮らすことがどんなに大変なのかを熱く語ってくれましたが。。
この体験こそが一番の解決の基盤なのかとも思いました
安全な場所で傍観者としてなら奇麗事はいくらでも言えます
あなたの頭上に毎分ごとに米軍機がとんだとしたら?
厚木基地が近いコケ魔女の家でも米軍機が低空飛行するときは戦争がおきたのかと錯覚してしまいます。寝ていたら必ず起きてしまう音です
沖縄を旅して、日本にこんなに美しい自然がいっぱいあることに誇りです
そろそろ米軍基地問題を徹底的に掘り下げる時期にきているのだと思います
過去があるから今があるのですから。。
いったい過去にどんな約束事が行われたのかを明らかにして未来につなげなくてはと思います
自然や、人々の命や、暮らしが損なわれるほどの何を守ろうとしている基地なのでしょう。。基地は世界を脅かすだけ。。戦争のためのもの
安全を守ってくれるのは幻想に過ぎないとコケ魔女は思っています
世界的には米軍基地はノーサンキュウではないでしょうか


コケ魔女
2009/11/26 13:35
こんな綺麗な海。。
大切に守って行かなければ。
日本の大切な宝物ですよね〜。。
では、どうすれば守れるのでしょうか?
自国の安全を米軍に依存している今の日本にあって、
難しい問題ですよね〜。
軍事力などなくても平和を守れる!そんな世界が作れたら
どんなに良いでしょう。
戦争は何があっても起こしてはいけない事ですよね。
でも、世界中に民族や宗教などの紛争が耐えません。。
日本は北朝鮮の脅威にも脅かされています。。
米軍基地など要らない、軍事力など要らない。。
そんな平和な世界になってほしいです。
peko^^*
2009/11/26 15:24
◇ハッピーさん♪
ハッピーさん、コメントありがとうございます!
そうだったのですか。
>アメリカさんが上陸して来た時、
>母にアイキャノット、スピークイングリッシュと言って逃げよ...
戦後をそのままに体験されたのですね。本土ではそんな状況だったのですか。今、石川達三の「生きている兵隊」を読んでいますが、日本兵が戦場で中国人の命をなんとも思わずいきなり切り捨てているのを見ますと...
それが僧良であったり、インテルジェンスのある人であったり、医師であったりするのですが、戦前の日本人は外国の隣り合わせの国ではなかったからか、自国の人間以外は人間と思っていないふうですね。ですから、当然日本が負けたら、日本人が中国人にやってきたと同じ目に遭うって思ったのでしょうね。
なぜ戦争を始めたのか、わたしも知りたくて、今「それでも日本人は戦争を選んだ」という本を読んでいます。当時の世界のこともわからないといけなし、日本の立場、また日本の中の問題いろいろあったのですね。そういわれてわたしは一度きちんと書いて見たくなりました。知識がなさ過ぎなので、コアラさんに助けてもらわなければなりませんが。
ののはな
2009/11/29 22:52
◇千水さん♪
お国って言葉ずいぶん久しぶりに聞いたようです。わたしはいろんな人がこれを機会にものを考えなければいけないって思っています。なにが正しいのかも含めて。正しいとか正義って絶対的なものではありませんから。そういう議論の糸口をくれた今回の政権交代は本当によかったと思っています。
今の学校では学活という学級での話し合いの時間がまったくありません。教師にそれをやる能力がなくなったのも原因のひとつでしょう。とにかく上からの統制がすごいので、これをみんな足並み揃えてやれ、ってなるとそれを一斉にやるだけの学活の時間になってしまったのです。道徳も同じです。昔はクラスで今日起きた問題をみんなで話し合っていろんな立場のいろんな考えがあるってそこで知らされ、人への理解が深まり、そっかこんな風に生きていかなければいけないのだなって、生徒は理解していきました。今は心のノートや道徳の副教材があって、それのここをやりなさいと年間指導計画で決まられている。それが今日の生徒の心にフィットしようがしまいが関係なし。これが今の生徒たちをダメにしたおおきな要因だと思っています。議論し物を考える。そうした力が全然育っていないのです。
で、今の政治状況、生徒たちに議論の力=数学の力=生きる力って風に納得させられます。
ののはな
2009/11/29 23:03
◇kirariさん♪
そうですね。そうした素朴な疑問が大切なのですね。同じ日本人なのに、同じ人間なのに...という素朴な疑問から、いろんなことに興味関心を寄せて、もっともっと世の中のこと知りたいって思います。
わたしは狭い愛国心ではなく、もっと広い視点で物を見られる人間になりたいって今つくづくに願っています。そのためにも..
ののはな
2009/11/29 23:07
◇コアラさん♪
いつもありがとうございます!
>もともと沖縄は日本ではなく...琉球という独立国。
>江戸時代のはじめ...そこを武力で支配下に置いたのが薩摩藩
>秀吉の朝鮮侵略で中国との国交が切れて貿易できない中で、
>琉球を支配下において、琉球の名目で貿易をしようと、
>幕府と薩摩の合意で行われた
そうだったのですね。
>決定的に琉球を武力で日本に併合し、沖縄県と命名したのが明治政府。
>沖縄は近代日本最初の植民地ですよ。
な・なんと日本の植民地ですか。
>ここに日本人が多数侵出し、
>沖縄の人は日本の産業を近代化させるための労働力として
>多数京浜地区や阪神地区に移住した。
>下宿募集の札に「朝鮮人と沖縄人お断り」と書かれたように、
>日本人は沖縄人を差別。
>だから沖縄の人たちは朝鮮人と同様に、
>同じ沖縄の人だけで部落を作って住むこととなった。
>それは今も同じ。
そうなんですか!!

>本土決戦の前哨戦として住民総出でアメリカ軍と戦わした。
>そして敗戦の後、米軍占領に任せ、
>日本の独立後も米軍が居座ることに政府は合意した。
>今でも沖縄が自立的に発展する道を閉ざし、
>住民の要求も無視して米軍を居座らせ続けている。
>本土で米軍基地反対運動が激しければ政府もこれを認めるが、
>沖縄の反対運動は無視し続けられた。
ひめゆりの悲しみってこれだったのですね。なぜ沖縄があんなに悲惨な戦場になったのか、はじめて腑に落ちた気がします。
ひどいですね。
そうですね。国民が今まさに問われているのですね。そのためにもっとまともな社会の教育をしなければ、生徒たちも何も知らずに卒業していく。
沖縄修学旅行で学ぶべきは...沖縄のきちんとした歴史からですね。
沖縄について教えてくださってありがとう!!
ののはな
2009/11/29 23:22
◇コケ魔女さん♪
お子様のお友だちに沖縄の方がいらっしゃるのですね。
>この体験こそが一番の解決の基盤なのかとも思いました
体験学習で沖縄に行くってすばらしいことですね。何にも代え難い理解ができますね。わたしも教師になって、広島・長崎に行ったことが第一歩でしたが。そうですね。やはり行くべきでしたね。
>厚木基地が近いコケ魔女の家でも米軍機が低空飛行するときは
>戦争がおきたのかと錯覚してしまいます。

そうなんですか。毎日不安と隣り合わせですね。
厚木もそうなんですね。行かなければなにも気づかない...

>そろそろ米軍基地問題を徹底的に掘り下げる時期にきている
ほんとうに、もう沖縄を本当の日本にしなければなりませんね。

>いったい過去にどんな約束事が行われたのかを明らかにして
>未来につなげなくてはと思います

すばらしいお話いっぱいありがとう!
今、すごいことになったって思いです。

>安全を守ってくれるのは幻想に過ぎない
>世界的には米軍基地はノーサンキュウ
そうですよ。アメリカはソ連や北朝鮮の盾としか考えていない。それと日本から戦場に向かえるから便利ですよ。給油もしてもらえるし、核も内緒で置いてもらえるし...アメリカにとっていいことづくめ。安全保障条約って日本はアメリカの傘の下で安全って思っている人がいたらおめでたいですね。返って危険。今戦争を抑止できるものってなんなのかしら。
ののはな
2009/11/29 23:34
◇peko**^さん♪
>自国の安全を米軍に依存している今の日本にあって、
>難しい問題ですよね〜。
コケ魔女さんのところでも書きましたが、日本がアメリカに守られているっていうのは幻想ではないでしょうか。安全保障って言葉がいけないのですね。アメリカにとって日本は格好のいい場所にあるのでは。日本から朝鮮戦争やベトナム戦争にいく飛行機や原子力空母が飛んだ。日本はむしろアメリカが基地にしていることで国ぐるみ怖い状況になっているのではないかしら。そんなことに気づくいいチャンスかもしれませんね。
ののはな
2009/11/29 23:39
いいブログの記事ですね。
こういうのを“達筆と言うのだな”と、また別の感想も持ちながら度々読ませておいただきました。
そして、お訪ねされるかたがたが、こんなにも熱心に思われていることに熱くなりますね。
業務仕分けとか言うことが評判を呼んでいますが・・・沖縄の基地問題、思いやり予算、どこか政治判断だとか行って切り込まない姿勢に、マスコミの評価と別の不安と失望を感じつつあります。
断固としてやることは無いんだぁ〜 人気取りが済んだらうやむやにするんだぁ〜・・・そんな感じがしてしまいます。
Tatehiko
2009/11/30 22:23
ののはなさん、

ご無沙汰しています。

沖縄には、2度ほど観光で行ったことが
ありますが、
沖縄美しい海の裏には、
血の雨が降った歴史がある。
上陸戦のむごたらしさが、
今も色濃く、保存されておりました。

その一方で、基地のおかげで
生き延びてきた人々がたくさんいる。
それも現実です。

この自然を壊していいわけは
ありません。

でも、アメリカのおかげで、
安全保障が保たれていると
大多数の国民が感じている、
国なのです。
民主党政権であろうと、
自民党政権であろうと
です。
 
難しいですね。


きらり
2009/12/04 16:17
◇Tatehikoさん♪
>“達筆と言うのだな”と、また別の感想も持ちながら...
あらら..えへへ^^などと読んでいます。
そうなんです。こんなこと書いたらだあれもコメント下さらないのでは...って思っていたら、なかなかいい意見交換になり、わたし自身も勉強になり、いつも思うことですが新たな課題が生まれます。こうしたことが生き甲斐になって、もっと勉強しなきゃとか、いろんな事への好奇心につながり、ありがたいと思います。
民主党は幅があって中も統制がとれず大変なのに、与党との連携もまだまだ成熟していなくてぎくしゃくですね。でもわたしはすべて根回しよく国民には見えなくなってしまうよりいいって思っています。
ののはな
2009/12/04 18:18
◇きらりさん♪
沖縄に行かれたことあるのですか。わたしも本でだけです。

>沖縄美しい海の裏には、血の雨が降った歴史が
>上陸戦のむごたらしさが、今も色濃く保存

そうですか。

>基地のおかげで生き延びてきた人々がたくさん
>それも現実です

なるほどね〜

>アメリカのおかげで、安全保障が保たれていると
>大多数の国民が感じている国

そんな風にわたしたちは思いこまされてきましたね。
70年代の安保闘争の時だって...そう
あんな密約を交わしながら、アメリカにぺこぺこやる見返りって何なのでしょう。これじゃ戦前と変わりないですね。今、戦前の歴史を勉強しているのですが、考え込んでしまいます。一体日本は国際社会の中でどう生きのびたらいいのかって。
ののはな
2009/12/04 18:28

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