無知の罪 かきむしりてのち 初めて知る
水鳥を見に行った日のこと
「一言主神社」という看板があちこちにある
なんと読むのか、気になる
脳は神社=銀杏と反応
カーナビを無視して
この神社をめざすことになる

案の定
神社の前は
銀杏の実で埋め尽くされていた
天から銀杏って感じで
早々いただきま~す
拾うって言うより
掬うって感じで
袋いっぱい恵みをいただく
その間も上からぽたんぽたんと落ちて
手が止められない
わたしは採集の民族の末裔なり
これが数日後に
大変な思いをする始まりとは
そのときは、まだ何も気づいていなかった・・・
この神社とっても由緒ありげで
じっくり拝観
一番興味深かったのは
本堂の左奥にあった遺跡を復元したもの
説明版には*************************************

此の棺に納めてある出土品は
神社の西北1500メートルにある
この地方最大の大塚戸古墳群のうちの一つであり
珍しい小口積石棺である。
今より千数百年前の古墳後期のもので、
縦30メートル、横22メートルの前方後円式。
昭和36年11月3日
西宮一男教諭指導のもとに
水海道中学校郷土クラブ員により発掘し
此処に復元したものである。
思えば南方民族が当時
既に利根川を遡ってこの地に安住し
文化をもたらし
神社の創立
(平安時代、平城天皇、大同4年(西暦809年))
となったことが伺われる。
****************************************
せっかくだからと
市指定文化財の本堂を撮る
いわれも記録しておこう

○ 一言主神社(ひとことぬしじんじゃ)
一言主神社の社伝によると、大同四年(八〇九)現在の社殿の西方に雷光を放つ筍(たけのこ)が生え、数夜にして三岐(みつまた)の竹に成長した。
不思議さに村人が行者に祈祷させたところ、一言主神の託宣があり、この地に社殿を造営し、大和国(奈良県)葛城の一言主神を迎え鎮斎したのが創祀と伝えられている。
一言主神社が「三竹山」と称される所以である。
一言主神は、出雲の大国主神の長子で別名事代主神とされ、言行一致の神、一言の願い事でもおろそかにせず願いをかなえる神として篤い信仰を受け、県外からも多くの崇敬者が参拝に訪れる。
本殿は、社殿によると、長禄三年(一四五九)に下総国守谷城主相馬弾正胤広侯(平将門の後裔)の寄進によって再建されたとされている。
現存する社殿は、元禄一三年(一七〇〇)正月遷営のときに大修理が行われた。一見社流造(いっけんしゃながれづくり)で、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)風の銅板葺。身舎(もや)外壁の左右に「鳳凰と牡丹」、後側に「鶴と牡丹」の彫物が釘止めされ、障子には「三岐の竹」の彫物がはめられている。本殿は、昭和五九年(一九八四)市指定文化財に指定された。
九月一三日の、一言主神社秋季例大祭の奉納行事である「葛城流からくり綱火」(指定名「大塚戸の綱火」)は、
あやつり人形と仕掛花火とを結合させたもので、空中に張り巡らした綱により花火のついた人形(木偶/でく)を操作し、芝居を演じる民俗芸能である。
万治二年(一六五九)大塚戸村向山に三峰神社が開基されるにあたり、村民が花火を奉納したのが始まりとされている。江戸時代より一言主神社の奉納行事として永く伝承されてきたが、終戦直後の昭和二十二年(一九四七)諸般の事情により中断。しかし、昭和四十四年(一九六九)に大塚戸芸能保存会によって復活上演されるようになった。
昭和五十五年(一九八〇)に市指定、平成十一年(一九九九)には県指定無形民俗文化財となった。
水海道市観光協会/水海道市教育委員会
***************************************
そっか
「ひとことぬし」って読むのか
長い間の疑問が解ける
神にひとつの願いを聞いてもらい
たくさんの恵みを頂き
感謝をして そこを辞す
そう 願いは一つだけ 叶えられるのだ
あとにはたくさんの苦しみが 待っているとも
この日は知らず・・・

見てください
この腕
かゆいんです
手袋ちゃんとはめて
二の腕を出して
銀杏を山のように洗った
お店で売っているように
きれいにするのに
どんなに情熱をかけたことだろう
その結果がこれだ
眠れない夜を何日も過ごしてから
皮膚科に行ったら
「銀杏にかぶれたのですね」
「食べてもいいけれど
もうあの渋皮には触ってはいけませんよ
今夜が山場でしょう」
いえいえ
お医者さん
侮ってはいけません
実はあれから一週間以上になるのに
写真の腕よりひどいことになっている
夜中になると
ぼりぼり掻きむしっている自分に気づいて
目が覚めて・・・
はあ~
冷たい水に腕を冷やして
毎日睡眠不足でふらふら
それでも朝は夢遊病者のように
起き出して
仕事に行ってます
何十年もの習慣は恐ろしい

板書するとき
腕をまくり上げているので
みんなびっくり
いちいち説明するのが大変
「一言主」の意味を改めて考えている
ののはなです
ものごとの表と裏
一生続くわけでもないのだからと
思ってみたり
それでも一体いつ直るのだろう
今夜は眠れるだろうかと不安になったり
今はじめて
アトピーで何十年も苦しんでいる
息子の苦しみがわかった
神はこれをわたしに教えたかったのだろうか
「一言主神社」という看板があちこちにある
なんと読むのか、気になる
脳は神社=銀杏と反応
カーナビを無視して
この神社をめざすことになる

案の定
神社の前は
銀杏の実で埋め尽くされていた
天から銀杏って感じで
早々いただきま~す
拾うって言うより
掬うって感じで
袋いっぱい恵みをいただく
その間も上からぽたんぽたんと落ちて
手が止められない
わたしは採集の民族の末裔なり
これが数日後に
大変な思いをする始まりとは
そのときは、まだ何も気づいていなかった・・・
この神社とっても由緒ありげで
じっくり拝観
一番興味深かったのは
本堂の左奥にあった遺跡を復元したもの
説明版には*************************************

此の棺に納めてある出土品は
神社の西北1500メートルにある
この地方最大の大塚戸古墳群のうちの一つであり
珍しい小口積石棺である。
今より千数百年前の古墳後期のもので、
縦30メートル、横22メートルの前方後円式。
昭和36年11月3日
西宮一男教諭指導のもとに
水海道中学校郷土クラブ員により発掘し
此処に復元したものである。
思えば南方民族が当時
既に利根川を遡ってこの地に安住し
文化をもたらし
神社の創立
(平安時代、平城天皇、大同4年(西暦809年))
となったことが伺われる。
****************************************
せっかくだからと
市指定文化財の本堂を撮る
いわれも記録しておこう

○ 一言主神社(ひとことぬしじんじゃ)
一言主神社の社伝によると、大同四年(八〇九)現在の社殿の西方に雷光を放つ筍(たけのこ)が生え、数夜にして三岐(みつまた)の竹に成長した。
不思議さに村人が行者に祈祷させたところ、一言主神の託宣があり、この地に社殿を造営し、大和国(奈良県)葛城の一言主神を迎え鎮斎したのが創祀と伝えられている。
一言主神社が「三竹山」と称される所以である。
一言主神は、出雲の大国主神の長子で別名事代主神とされ、言行一致の神、一言の願い事でもおろそかにせず願いをかなえる神として篤い信仰を受け、県外からも多くの崇敬者が参拝に訪れる。
本殿は、社殿によると、長禄三年(一四五九)に下総国守谷城主相馬弾正胤広侯(平将門の後裔)の寄進によって再建されたとされている。
現存する社殿は、元禄一三年(一七〇〇)正月遷営のときに大修理が行われた。一見社流造(いっけんしゃながれづくり)で、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)風の銅板葺。身舎(もや)外壁の左右に「鳳凰と牡丹」、後側に「鶴と牡丹」の彫物が釘止めされ、障子には「三岐の竹」の彫物がはめられている。本殿は、昭和五九年(一九八四)市指定文化財に指定された。
九月一三日の、一言主神社秋季例大祭の奉納行事である「葛城流からくり綱火」(指定名「大塚戸の綱火」)は、
あやつり人形と仕掛花火とを結合させたもので、空中に張り巡らした綱により花火のついた人形(木偶/でく)を操作し、芝居を演じる民俗芸能である。
万治二年(一六五九)大塚戸村向山に三峰神社が開基されるにあたり、村民が花火を奉納したのが始まりとされている。江戸時代より一言主神社の奉納行事として永く伝承されてきたが、終戦直後の昭和二十二年(一九四七)諸般の事情により中断。しかし、昭和四十四年(一九六九)に大塚戸芸能保存会によって復活上演されるようになった。
昭和五十五年(一九八〇)に市指定、平成十一年(一九九九)には県指定無形民俗文化財となった。
水海道市観光協会/水海道市教育委員会
***************************************
そっか
「ひとことぬし」って読むのか
長い間の疑問が解ける
神にひとつの願いを聞いてもらい
たくさんの恵みを頂き
感謝をして そこを辞す
そう 願いは一つだけ 叶えられるのだ
あとにはたくさんの苦しみが 待っているとも
この日は知らず・・・

見てください
この腕
かゆいんです
手袋ちゃんとはめて
二の腕を出して
銀杏を山のように洗った
お店で売っているように
きれいにするのに
どんなに情熱をかけたことだろう
その結果がこれだ
眠れない夜を何日も過ごしてから
皮膚科に行ったら
「銀杏にかぶれたのですね」
「食べてもいいけれど
もうあの渋皮には触ってはいけませんよ
今夜が山場でしょう」
いえいえ
お医者さん
侮ってはいけません
実はあれから一週間以上になるのに
写真の腕よりひどいことになっている
夜中になると
ぼりぼり掻きむしっている自分に気づいて
目が覚めて・・・
はあ~
冷たい水に腕を冷やして
毎日睡眠不足でふらふら
それでも朝は夢遊病者のように
起き出して
仕事に行ってます
何十年もの習慣は恐ろしい

板書するとき
腕をまくり上げているので
みんなびっくり
いちいち説明するのが大変
「一言主」の意味を改めて考えている
ののはなです
ものごとの表と裏
一生続くわけでもないのだからと
思ってみたり
それでも一体いつ直るのだろう
今夜は眠れるだろうかと不安になったり
今はじめて
アトピーで何十年も苦しんでいる
息子の苦しみがわかった
神はこれをわたしに教えたかったのだろうか
この記事へのコメント
腕の痒み、少しはよくなりましたか。
私の息子も子供時代アトピーでとても辛い思いをしていました。痒いことって、ほんとうにもうどうにもならないくらいしんどいものですね。
早くよくなって、夜ぐっすり眠れるように・・・祈っています。
それにしても銀杏の実も侮れませんね。私もこれから充分注意します。
かゆいのって、痛いのよりも我慢が出来ないんです。
それにかいてしまうと、傷跡が残る可能性が大だし。
私も以前太陽湿疹で、ひどい目にあったので、痒みの
辛さ良くわかります。
早く良くなるといいですね!!!
体質的なものなのでしょうか
ますますひどくなってるとのこと、かゆいのはたまりませんものね
アトピーやら、カビやら、未だに皮膚関係の疾患に身体中掻き傷だらけの私ですからよく、わかります
かゆみを押さえる飲み薬、薬局でも売ってますよ
お医者さんのほうから出して貰ってるとは思いますが・・
かゆいのはたまりませんものね・・
「一言の願い事でもおろそかにせず願いをかなえる神」の神社・・
欲張りな私にぴったりの神社かも~(笑)
神様に沢山の願い事はダメですね。小鳥を捕りに行って良い処にお参り出来ましたね。明後日は4人目の孫の初宮参りです。私も一言願い事しようっと。
一言主神社の秋季例大祭の奉納行事「葛城流からくり綱火」が県指定無形民俗文化財でしたか、一度見てみたいものです。
手のかぶれ痒そうですね。私も子供の頃漆にかぶれて前進がこの手のようになりとても痒かった思い出があります。辛いですよね。お大事に・・・。
いや~もっとひどくて、今日またまた医者に行きましたら「これはハゼだな」って。薬も変わり、飲み薬も出ましたので、今度こそあと一週間でしょう。夜中ぼりぼり掻いている自分に気づくときの恐怖ってありません。いずれにせよ。お肌が敏感な年頃になりました。それともかぶれやすいのかしら。物事への集中度が高いってことですね。うん、いいこといいこと。
痒みってこんなにつらいとは知りませんでした。神は私をまだまだ生かしている意味ってこれなんですね。これからまだまだ未体験ゾーンに入っていくわくわく感がありますね。
魔女さんは太陽アレルギーですか。わたしもなんですよ。だから夏もあまり腕を出さないようにしています。ほんとつらいです。集中力が欠けますね。これもわたしは慢心しているからでしょう。反省反省・・・
銀杏のかぶれは収まったようなのです。一応茶色いところがそうらしい。ところが庭掃除をしてハゼにまたかぶれてしまったらしく。医者にこんこんと諭されました。ハゼの木を切りなさいって。もしお孫さんがかぶれたらどうするのですかって?これ効いた。もう決心しました。門かぶりの大きなハゼの木とさよならします。
一言主神社、そっか、それで繁盛していたんだ。風子さんだけじゃないんですよ。みんな欲張り。うちに三男が生まれたとき、未熟児で黄疸がひどくて、400mmも輸血して...視力もでるかどうか...って言われて命だけでもありますようにって手術室前で祈っていたのに、数年後にはいろいろ不足ばっかりいってましたね。ほんとに。時にこうして反省するのもいいですね。そっか、そのために神はいるのか。
う~ん、どうなんだろう。一言の意味を考えています。お百度参りとかありますけどね。一言でも叶えてくださるってのがほんとの意味なんでしょうね。四人目にお孫さんですか。いいですね。お孫さんのためにもこれからもいい時代でありますように。
そうですか。chiharuさんも経験がおありですか。ハゼは漆の仲間なんです。医者にしかられて・・・とうとうこの秋の紅葉が終わったら切ります。
一言主神は崇神天皇と出会って崇神天皇にひざまずかした神として有名ですね。銀杏でかぶれましたか、あのかゆみたまりませんね。といっても私はなぜかかぶれません。同じようにさわっても私だけ平気なんです。AB型だからかもしれません。(私だけ蚊に食われません)
そうだったのか。。神様はきちんと伝えてくれたんですね
それに気ずく気ずかないは自分次第ですね(笑)
寺社めぐりは奥の深いことだらけ 面白いお話がいっぱい潜んでいる玉手箱のようですね。最近コケコも寺社巡りに被れています
ののはなさんのようにかぶれないように注意しよっと(笑)